「うわーっ、ゴミ箱からハンカチ拾った人がいるぅー。あれで手とか顔とか拭くの? 信じらんない、汚っ」


 周防さんを中心に五人グループがくすっと声を漏らし、美少女の暗い笑いが教室じゅうに伝染していく。いじめる子もいじめない子も、男子も女子も。誰もが文乃を自分より劣ったものとして見ていて、そんな文乃が同じクラスの中にいることに心のどこかで安心してた。たぶんわたしも。


「ねぇ希重。ちょっと、希重ってば」


 郁子のとがった声に我に返り、慌てて三人に焦点を合わせると、郁子も潮美も美織も呆れた顔であたしを見ていた。初めて自分がぼうっとしていたことに気付く。どうやら三人は文乃がいじめられてることなんて気にもしないで、自分たちの話に夢中だったらしい。 


失敗したな、と思った。みんなにひとの話をちゃんと聞かない子なんて思われたくない。どう弁解したらいいのかわからず黙っていると、郁子が苦笑しつつぱしっと背中を叩いた。


「んもー希重ってば今日、ぼうっとしすぎ。ちゃんと寝てきた?」

「ご、ごめん」

「別にいいけどさ。寝坊して慌てて出てきたんじゃない? ほらここ、寝癖ついたまんま」

「えっ、どこ!?」

「嘘だよ」

「ちょっともう、やめてよ。郁子のイジワル」


 ぼうっとしてた罰! と郁子が笑って、つられるようにわたしも笑い、潮美と美織もケラケラかん高い声を上げる。悪者にならなくて済んでホッとしつつ、みんながあんまりわたしのことを気にしてないようで、妙に寂しくもあった。


 学級委員でテニス部のエースの郁子、バレー部の花形ミオシオペア。みんなには色もにおいもあるのに、わたしだけ地味で普通で空気みたいな存在。もし明日いなくなったら郁子たちは心配するだろうけど、他のクラスメートはきっとすぐわたしのことなんか忘れる。


 チャイムが鳴る。几帳面な担任は毎日チャイムときっかり同時に入ってきて、みんなは慌てて席につき、日直が号令をかける。HR中、先生の話を上の空で聞きながら、こっそり首を曲げて斜め後ろに座る文乃をちらっと見た。文乃は笑うことも泣くこともとうにやり方を忘れてしまったような無表情で、頬に散るニキビをいじっていた。


 文乃は、わたしの幼なじみだ。