彼氏とか付き合うとか、中学生には早いと思うけれど、周防さんには決して早くない。彼女にはそう思わせるだけの美貌があったし、集団の中で中心になれる存在感もあった。だからなのか、わたしは周防さんがちょっと怖い。中学生レベルを遥かに超えた本格的な化粧に彩られた顔が、自分より明らかに劣っているあの子を優越感に満ちた瞳で見下ろす瞬間、まるで自分が攻撃されたようにスッと背筋が冷たくなる。


 教室の後ろの扉が開いて、文乃が入ってきた。魚を思わせるエラが張った顔はいつも通り色がくすんでいて、目はどんより濁っている。途端に周防さんたちが色めきだって、五人頭を寄せ合って文乃を伺いなからひそひそ話を始める。何か塗っているんだろう、周防さんのテカテカした唇が、無邪気で残酷な笑みを作っていた。


 文乃は自分の席をスルーしてまっすぐ教室の隅っこのゴミ箱に歩いていく。さっきわたしが、あのハンカチを見つけたゴミ箱。文乃はゴミ箱の前にO脚気味の足で立って、制服のブラウスの両腕を肘までまくり上げ、なんのためらいもなく両手を中に突っ込んだ。周防さんの隣で三川さんがうわぁー、と嬉しそうな声を上げて顔を歪める。文乃は両手でゴミ箱をかき回し、周防さんたち五人はくすくすひそひそ、暗い笑顔で盛り上がっている。


 喉の向こうがまだちくちくしだした。わたしは文乃が何を探しているか知っている。知っているのにさっき、さりげなくゴミ箱からハンカチを取り出し、文乃の机の中に入れてあげなかった。そんなことをして、周防さんに見つかってしまうのが怖かったから。周防さんたちの「遊び」の邪魔をしたら、わたしまであの人の攻撃対象になってしまいそうで。


 二学期になってしばらくして、周防さんたちは文乃をいじめるという「遊び」を始めた。一学期の頃のような、これから新しい一年が始まるというワクワク感はなくなって、楽しい夏休みも終わってしまって、少しずつ明るい時間が短くなっていく季節で、退屈してるんだと思う。


文乃の持ち物をゴミ箱に突っ込んだり、教科書に接着剤を塗りつけたり、机に「あんたマジきもーい、死ねば?」って落書きしたり。暴力を振るうとかクラス全体を巻き込むとか、ドラマやマンガに出てくるような壮絶ないじめじゃなかったし、ちょっと子どもっぽくてありふれたいじめ方ばっかりだったけれど、いじめはいじめだ。


文乃は泣いたりこそしないけど平気なわけないし、いじめは悪いことに決まってる。でもその悪いことを心から楽しんでいるような周防さんの残酷な笑顔を見たら、先生に密告するなんてとても出来なかった。わたしはやっぱり、周防さんが怖い。


 文乃はゴミ箱をひっくり返して床をゴミだらけにして、教室じゅうから白い目で見られながらやっとハンカチを見つけ出した。ピンクの猫のキャラクターグッズで、ストライプの模様が入った綿のハンカチ。わたしは水玉で文乃はストライプ……小一の頃、うちのお母さんがわたしと文乃に一枚ずつ買ってくれたおそろいだ


わたしのはとっくにどこかへいっちゃったのに、文乃はまだ持っていたなんて。それが特別な意味じゃなく、ただなんとなく使い続けていただけだったとしても、喉の向こうが痛くなる。


 ハンカチを拾った文乃は周防さんの聞こえよがしな声に晒されていた。