「あっ」
つい、声を上げていた。朝練が終わって教室に戻ってきて、HRが始まるまでのひととき。郁子たちと話しながら鼻を噛んでいて、丸めたティッシュを教室の端っこのゴミ箱に放り込んだ時、ゴミ箱の奥でピンクの猫のキャラクターがついたハンカチがくしゃくしゃになってるのに気付いた。わたしの小学校に入るぐらいの頃に流行ってたキャラクターグッズ。生地は洗濯を重ねてぼろぼろで、あちこちシミのついたストライプ柄のそれがゴミに囲まれている。
「希重―、どうしたのー?」
ゴミ箱の前で一時停止してしまったわたしに郁子が声を投げる。言い方はいつも通り明るいけれど、顔がちょっと訝しんでた。反射的になんでもないと誤魔化して、郁子たちのところに小走りで戻った。ちっちゃい頃好きだったあの猫のキャラクターを救えなかったことが気にかかって、喉の向こうがちくちくした。
郁子とは席が隣同士。同じグループの潮美と美織は席が離れてるけれど、休み時間はいつもこうやってわたしたちのところに来て、四人でしゃべる。今の話題は、郁子のお兄ちゃんのこと。お兄ちゃんの友だちがちょっと格好いいとか、お兄ちゃんが料理を作ってくれるんだけど卵焼きでさえまずくて食べられないとか、そういう、どうでもいい話。どうでもいい話を友だちと輪を作って笑いながら話すのは、どうでもよくない大切な時間だ。
同じテニス部に入ってて、サバサバした性格で手足がすらっと長くて、学級委員をやってるしっかり者で勉強もよく出来る郁子。背がクラスの女子の中で一番高くて髪の毛も短くてちょっと男の子みたいで、バレー部のエースの潮美。
その潮美とペアを組んでいて、こちらはどっちかっていうと女の子っぽくて、おしゃれや化粧にも興味があって刺しゅうが得意な美織。見た目は正反対だけど名前は似ているこの二人は「ミオシオペア」とか「シオミオペア」なんて呼ばれてて、校内でも有名なバレー部の花形だ。
この三人プラスわたしのグループは、クラスの女子の中では上から二番目に「いい」グループになる。小学校の後半から、クラス内のグループ同士、優劣がはっきりするようになった。
よく目立っていてクラスの中心的存在な「いい」グループと、雰囲気が暗くていつでも教室の端っこでじめっと固まってるような「悪い」グループと。先生に注目されたり、体育祭とか文化祭とかの学校行事の中心になれのは「いい」グループの特権だ。
告白したりされたり、彼氏や彼女が出来たりするのだって、ほとんど「いい」グループに入ってる男の子と女の子とで、「悪い」グループの間ではなかなかそういうことは起こらない。つまりどんなグループに自分がいるかで、学校生活の充実度が変わってしまう。
だから今自分が「いい」グループにいれることに、実はちょっと安心している。もちろん「いい」グループに入ってるかどうか、みんなに好かれてるかどうか、よく目立つ可愛い子かどうか、そんな基準で友だちを選んだりはしない……しないはずだ。でもちょっと安心していることは、誰にも言えない。
そういえば、あれも「いい」グループになるな。周防さんの笑い声がして、郁子の肩越しに置いといた視線を頭ひとつ分横にずらす。教室の後ろのほうに固まってるのは、周防エリサさん、半田鞠子さん、三川明菜さんに横井和紗さんに相原桃子さん。
この五人はいわゆるギャルグループで、ほんのちょこっと茶髪だったり化粧してたりスカートが三回折りだったり、中学生離れした見た目も大きな声もよく目立つ。一見ちょっと不良っぽいけれど少々夜遊びするくらいでほんとは別に不良じゃないみたいだし、クラスで浮いてもいない。
むしろみんな可愛くておしゃれだから女子の間では憧れの存在で、男子の間では三川さんや横井さんに思いを寄せてる子も多いって聞く。五人とも勉強は苦手らしいけど、喧嘩とか先生に逆らうとか、校内で問題を起こしたりはしない。むしろ先生とフレンドリーに話しているところをよく見かける。
グループ内の中心的存在で五人の中でいっとう美人な周防さんには、隣のクラスに彼氏がいる。背が高くて目鼻立ちがくっきり整ってて、他に片思いしてる女の子も多い中沢栄嗣くん。彼もちょっと不良っぽいタイプだから、周防さんとお似合いだ。
つい、声を上げていた。朝練が終わって教室に戻ってきて、HRが始まるまでのひととき。郁子たちと話しながら鼻を噛んでいて、丸めたティッシュを教室の端っこのゴミ箱に放り込んだ時、ゴミ箱の奥でピンクの猫のキャラクターがついたハンカチがくしゃくしゃになってるのに気付いた。わたしの小学校に入るぐらいの頃に流行ってたキャラクターグッズ。生地は洗濯を重ねてぼろぼろで、あちこちシミのついたストライプ柄のそれがゴミに囲まれている。
「希重―、どうしたのー?」
ゴミ箱の前で一時停止してしまったわたしに郁子が声を投げる。言い方はいつも通り明るいけれど、顔がちょっと訝しんでた。反射的になんでもないと誤魔化して、郁子たちのところに小走りで戻った。ちっちゃい頃好きだったあの猫のキャラクターを救えなかったことが気にかかって、喉の向こうがちくちくした。
郁子とは席が隣同士。同じグループの潮美と美織は席が離れてるけれど、休み時間はいつもこうやってわたしたちのところに来て、四人でしゃべる。今の話題は、郁子のお兄ちゃんのこと。お兄ちゃんの友だちがちょっと格好いいとか、お兄ちゃんが料理を作ってくれるんだけど卵焼きでさえまずくて食べられないとか、そういう、どうでもいい話。どうでもいい話を友だちと輪を作って笑いながら話すのは、どうでもよくない大切な時間だ。
同じテニス部に入ってて、サバサバした性格で手足がすらっと長くて、学級委員をやってるしっかり者で勉強もよく出来る郁子。背がクラスの女子の中で一番高くて髪の毛も短くてちょっと男の子みたいで、バレー部のエースの潮美。
その潮美とペアを組んでいて、こちらはどっちかっていうと女の子っぽくて、おしゃれや化粧にも興味があって刺しゅうが得意な美織。見た目は正反対だけど名前は似ているこの二人は「ミオシオペア」とか「シオミオペア」なんて呼ばれてて、校内でも有名なバレー部の花形だ。
この三人プラスわたしのグループは、クラスの女子の中では上から二番目に「いい」グループになる。小学校の後半から、クラス内のグループ同士、優劣がはっきりするようになった。
よく目立っていてクラスの中心的存在な「いい」グループと、雰囲気が暗くていつでも教室の端っこでじめっと固まってるような「悪い」グループと。先生に注目されたり、体育祭とか文化祭とかの学校行事の中心になれのは「いい」グループの特権だ。
告白したりされたり、彼氏や彼女が出来たりするのだって、ほとんど「いい」グループに入ってる男の子と女の子とで、「悪い」グループの間ではなかなかそういうことは起こらない。つまりどんなグループに自分がいるかで、学校生活の充実度が変わってしまう。
だから今自分が「いい」グループにいれることに、実はちょっと安心している。もちろん「いい」グループに入ってるかどうか、みんなに好かれてるかどうか、よく目立つ可愛い子かどうか、そんな基準で友だちを選んだりはしない……しないはずだ。でもちょっと安心していることは、誰にも言えない。
そういえば、あれも「いい」グループになるな。周防さんの笑い声がして、郁子の肩越しに置いといた視線を頭ひとつ分横にずらす。教室の後ろのほうに固まってるのは、周防エリサさん、半田鞠子さん、三川明菜さんに横井和紗さんに相原桃子さん。
この五人はいわゆるギャルグループで、ほんのちょこっと茶髪だったり化粧してたりスカートが三回折りだったり、中学生離れした見た目も大きな声もよく目立つ。一見ちょっと不良っぽいけれど少々夜遊びするくらいでほんとは別に不良じゃないみたいだし、クラスで浮いてもいない。
むしろみんな可愛くておしゃれだから女子の間では憧れの存在で、男子の間では三川さんや横井さんに思いを寄せてる子も多いって聞く。五人とも勉強は苦手らしいけど、喧嘩とか先生に逆らうとか、校内で問題を起こしたりはしない。むしろ先生とフレンドリーに話しているところをよく見かける。
グループ内の中心的存在で五人の中でいっとう美人な周防さんには、隣のクラスに彼氏がいる。背が高くて目鼻立ちがくっきり整ってて、他に片思いしてる女の子も多い中沢栄嗣くん。彼もちょっと不良っぽいタイプだから、周防さんとお似合いだ。