舌がうまく回らなかったから、文乃にどこまで正確にあたしの言うことが伝わったか、わからない。とにかくそんな意味のことを言って教室を出た。今度は速足じゃなくて駆け足になった。まだ鳴り続けているトロンボーンの響きや、グラウンドで練習する運動部の掛け声や、文乃のじっとりした目が追いかけてくる気がして、ひたすら走った。


 爆発したはずなのに、喉の奥の気持ち悪さはよりいっそう膨れ上がる。


 あたし、美晴たちと一緒に、文乃になんて言ったっけ。言い返さないからいけない、嫌だってちゃんと言えって、自分で頑張れ甘えるなって。


 そう言ったあたしはこんなことくらいでちゃんと立ち向かえず、逃げてしまってる。完全な敵前逃亡。自分から言い渡した不戦敗。みんなの本音を聞いてしまった今、とても言い返すことなんか出来ない。あたしの悪口を陰で言うのはやめてって、そう言ったところでもっと傷つけられるに決まってる。


 あたしは本当は、文乃に結構近い人間なのかな。


 そう思った途端喉の奥の気持ち悪さがMAXに達して、吐き気がお腹の底から唇まで貫いた。走りながらうぐう、と死にかけの犬みたいな声を漏らし、その場に崩れてしまう。苦い胃液が舌の上に広がり、クリーム色のリノリウムに醜い吐寫物が飛び散った。すごい臭いが立ち上ってきて、その臭いのせいであたしは急速に自分を嫌いになっていった。