「マジ、あそこまで言うことないっしょ。みずきに向かってパートリーダー代われとか」

「うそっ、亜沙実そんなこと言ったの?」


 最初のは麻奈で後のが愛結。ホルンも休憩中なのか、愛結がいるってことは睦もいるんだろう。これではっきりした。部活で過ごす麻奈たち、教室で過ごす愛結たち。どちらにもあたしの味方はいない。


「言ったよー。マジ、あたしも佑香も超気まずかったんだから。一年生は怖がっちゃってさ、後で犬飼先輩って怖い人なんですか、なんて聞いてくるし」

「それで、なんて答えたわけ?」


 また愛結。いつもはおとなしいのに今は興味津々って感じで声に勢いがある。あたしの悪口はみんなの中で面白おかしいものとして扱われていた。


「性格キツいしあんま関わらないほうがいいんじゃないって言った。ねっ佑香」

「あはは、ひどい。あんま関わらないほうがとか」

「でもさぁ、事実っしょ? イライラしてるのかなんか知んないけど、やたらキツいとこあるじゃん、亜沙実って」


 笑ってる睦に対し佑香のトーンは声は大きいのに潜められてて、悪口を言う時の口調になってた。うん、そうそう、相槌が重なって聞こえる。麻奈がため息にも似た声を出した。


「なんかねぇー。和を乱すっていうの? ああいうタイプ。言ってることは間違ってないんだけど、はっきし言ってウザいよね」

「みずきも嫌だったでしょ、あんなふうに言われて」


 佑香が言ってみずきの声が返ってくるまで、ちょっと間があった。みずきはいつものように遠慮がちに、でもはっきり言った。


「正直、ちょっと嫌」

「そりゃそうだよねー。なんか、いきなり部活一筋の真面目ちゃんになっちゃったみたいでさ、はぁ、何いい子ぶってんのってなる」


 麻奈が言って、またうんうん、そうそうと相槌が重なる。みんながノッてきた会話はスピードを増して、誰が誰の声だかわからなくなっていった。自分への悪口ばっかり拾ってしまう耳は、鼓膜が少しずつ麻痺していく。


「亜沙実にえらそうなこと言われたくないよ。こないだも、亜沙実も入れてみんな一緒にサボったじゃんねぇ?」

「あぁ、佑香たちとマック行った時っしょ? 亜沙実、テンション高かったなぁ」

「亜沙実って結構サボるよね。朝練だって遅れてくることあるし。しかも言い訳が妹のことでとか家のこととか。そんなの理由になんないよ、みんなそれぞれ大変なんだから」

「だよねー。サボるだけサボってひとがちょっとミスしたらえらぶって。何それって感じ」

「ねぇ、美晴ってなんでいつも亜沙実と一緒にいるの? 親友なわけ?」


 美晴、その名前が悪口まみれで麻痺しかけた耳を叩き起こす。このドアの向こうに、美晴もいるんだ。不安と緊張と、親友を信じたいという気持ちをごっちゃにしながら、あたしは美晴の言葉を待つ。


 でもやがて聞こえてきた美晴の声は、ひとかけらの望みをあっさり打ち砕いた。


「別に親友じゃないよ。向こうが勝手に親友だと思って、くっついてるだけ。あの子結構根性歪んでるからさ、相手するの、時々キツいんだよね」

「うわぁ美晴、ひっどー」