「だよねー。ダイくん、全然出てこないじゃん? なんでだろ」

「何気にダイくん格好いいのにね。あの人、メンエグに出てる人っしょ」

「メンエグじゃないよ、そっちはギャル男系。ダイくんはメンノンだって」


 ぽんぽん飛び出す言葉はどれもキラキラしてて、眩しく輝く友だちの輪はあたしを寄せ付けない。あたしをハブいても成り立つ会話は、この場に自分が必要ない存在だって思い知らせる。誰かが何か言う度、血の止まった身体を氷のナイフで刺されている気がした。ぶしゅっ、ぶしゅっ。ぶしゅぶしゅぶしゅう。どす黒い血で汚れたあたしは、二度と言葉を発せない。人形みたいな笑顔を唇に張り付かせたまま、その場に佇んでるだけ。


 一緒にいるのに無視されるという陰湿な拷問は一日中続いた。教室移動の最中もお弁当を食べている間も昼休みも。ついに無視されることに耐えられず美晴たちが作る輪から離れて一人机に座り、携帯をいじってみたけれど、楽しそうな笑い声がよりいっそう孤独を思い知らせる。美晴に『無視とかどういうこと? 二人で話せない?』ってメールを送ったけど、いつまでたっても返信がない。いつもならすぐ返事してくれる子なのに。


 原因は昨日の朝のことしか思いつかない。佑香や麻奈やみずきが……または美晴が、昨日の朝の件を根に持っていて、風花たちに話す。そしてそれを風花たちがどう思ったか……自分の知らないところで交わされた話なんて想像したくもない。だいたい想像つくけど。とにかく、美晴と二人きりでしゃべりたかった。美晴と話せたら、すべてうまくいくような気がした。結局、美晴はあたしの親友だから。他に親友と呼べる人なんていないから。


 でも美晴は示し合わせたように風花たちにべったりで、あたしのほうを見ようともしない。仲良しの輪から一人外れてるあたしに気を遣ってくれることもなければ、哀れみの視線ひとつよこさない。何度となく美晴に目でサインを送った。こっちを見て。あたしを見て。あたしたち友だちでしょ? あたしたち親友でしょ? 違うの?


 きっと今のあたしは文乃と同じ顔をしている。あたし可哀想なの、助けてーって顔になってる。わかっていて、美晴を頼る以外何も出来ない。


 部活の時間になっても状況は変わらなかった。クラパートとの合同練習で、休憩になると美晴は佑香たちとばっかり話して、その会話にあたしが入る隙間はない。あたし抜きで芸能人の話題で盛り上がる美晴たちの傍にいるのが辛くなって、逃げるようにトイレに向かう。


トイレの後部室に寄り、スクバから携帯を引っ張り出してメールチェックする。美晴からのメールはない。新着問い合わせしても0件。いてもたってもいられなくて、美晴にさっき送ったメールをそのまま再送する。どうか美晴がこれを呼んでくれますように。『ごめんね』って優しい言葉を返してくれますように。


祈りながら、本当はわかっていた。美晴と話すことはもうないんだって。みんなの中にはあたしをハブく黄金ルールが存在していて、あたしが誰かと口を聞くことは今後一切出来ないに違いない。


 暗い気持ちで合同練習の教室に戻ると、廊下まで風花のカン高い声が響いていた。トランペットも同じタイミングで休憩中してて、こっちに来たんだろうか。一日中ハブられてたせいで、足がすくむ。そろそろと扉に近づくと、引き戸を開けようとする手が止まる。


「亜沙実ムカつくわー。美晴から話聞いてキレたもん。あいつ、なんであんな性格悪いの?」


 あたしの名前が、ムカつくとかキレたとか性格悪いとかいう単語と結びついている。こうなっていることを想像してないわけじゃなかったのに、直接聞くとやっぱりうちひしがれた。自分の中でこっそり大事にしていた、友だちを持っていることへの安心感が、砂のお城みたいにあっけなく崩れていく。