ちょっとおかしいな、って思ったのはそんなことがあった次の日の朝だった。週に一度の朝練のない水曜日。吹奏楽部のメンバーにとっては遅くまで寝てられる、貴重な週のまんなか。その日は未歩も真衣もおとなしかったしお母さんにも怒鳴られなかったし、しかも家を出る時に見たテレビの占いは天秤座が一位だった。
『恋のチャンス! 片思いの異性には積極的にアプローチして』なんて、あたし片思いの異性なんていないんですけど、とテレビに突っ込みを入れつつ天秤座でよかったなんてニヤけてしまう。どんないいことがあるかと期待に胸を膨らませ、白っぽく晴れた空も気持ちよくて足取り軽く学校に向かったのに、教室のドアを開けた瞬間からあたしの運命は転がるように落ちていく。
今日は美晴たちは教室の後ろ、ロッカーの前に陣取り輪を作っていた。話題は夕べやってたドラマのことで、ストーリーはまあありきたりなラブストーリーなんだけど、五人とも好きな俳優が主演をやってるからみんな見てる。五人ともって言っても、ほんとはあたしはさほど興味なかったりするけれど、他人に合わせることも友だち関係では必要だ。
「なんかさぁ、前回から展開が無理やりになってきたよね。脚本家ももうネタギレな感じ」
「そうそ。マンションの前で待ち伏せするのはいいとして、あそこでキスはちょっとないよね。下手すりゃ痴漢でしょ」
中心になってしゃべっているのはいつものように風花で、美晴が風花のいささか辛口な言葉を引き取ってる。愛結と睦は双子のように息の合ったタイミングで、二人の話にコクコク頷いている。
すぐに違和感を覚えた。
昨日までなら、こんなふうにみんなに近づいていったらすぐに風花が「おっはよー亜沙実! あれ、今日目ぇ充血してなぁい?」なんてしゃべりかけてくれてあたしはすんなり輪の中に入ることが出来たのに、今日は違う。
あたしは確かにここにいるのに、いないみたい。あたし抜きで進行していく四人だけの会話、愛結たちの真似をして頷いてみても、誰もあたしと目を合わさない。四人とあたしの間には絶対破れない、透明の分厚い壁があるようで、排他的な空気におはようの一言さえ飲み込んでしまう。
無視されている?
疑惑が、胸の鼓動を速くする。喉が干上がっていく。目の前の風花の顔が遠すぎて霞む。
落ち着け、亜沙実。みんな、あたしの友だちだ。いきなり無視とか、マジありえない。絶対に思い違いに決まってる。これは単なる被害妄想だ。弱気な心が生んだ悪夢だ。
とにかく何かしゃべらなきゃ。きっと、しゃべってしまえば大丈夫だから。一度みんなの輪の中に入れたら、こんなひどい悪夢すぐ消える。怯える喉に力を入れ、無理やり口の両端を引っ張り上げた。
「ほんと、あれじゃあ痴漢じゃんねー。あんなエピソードだらだらやんないで、もっとキョウくんの話やってほしいわー」
途端に、四人の顔から笑顔が消えた。風花も愛結も睦も、美晴も、おそろしいほど冷めた目であたしを見る。
悪夢が現実になってショックが血の巡りを止める。やめて、そんなふうにあたしを見ないで。そんな寒い目で見つめないで。あたしはあなたの友だちじゃないなんて顔しないで。
風花がさっとあたしから目を逸らし、棘を含んだ声を出した。
「いや、キョウくんとかどうでもいいし。むしろダイくんだよね?」
さりげなくあたしの言うことを否定して、四人の周りに張り巡された見えない壁を厚くする。あたしが二度とその内側に入ってこれないように。美晴も愛結も睦も、すかさず風花の言葉に飛びついた。
『恋のチャンス! 片思いの異性には積極的にアプローチして』なんて、あたし片思いの異性なんていないんですけど、とテレビに突っ込みを入れつつ天秤座でよかったなんてニヤけてしまう。どんないいことがあるかと期待に胸を膨らませ、白っぽく晴れた空も気持ちよくて足取り軽く学校に向かったのに、教室のドアを開けた瞬間からあたしの運命は転がるように落ちていく。
今日は美晴たちは教室の後ろ、ロッカーの前に陣取り輪を作っていた。話題は夕べやってたドラマのことで、ストーリーはまあありきたりなラブストーリーなんだけど、五人とも好きな俳優が主演をやってるからみんな見てる。五人ともって言っても、ほんとはあたしはさほど興味なかったりするけれど、他人に合わせることも友だち関係では必要だ。
「なんかさぁ、前回から展開が無理やりになってきたよね。脚本家ももうネタギレな感じ」
「そうそ。マンションの前で待ち伏せするのはいいとして、あそこでキスはちょっとないよね。下手すりゃ痴漢でしょ」
中心になってしゃべっているのはいつものように風花で、美晴が風花のいささか辛口な言葉を引き取ってる。愛結と睦は双子のように息の合ったタイミングで、二人の話にコクコク頷いている。
すぐに違和感を覚えた。
昨日までなら、こんなふうにみんなに近づいていったらすぐに風花が「おっはよー亜沙実! あれ、今日目ぇ充血してなぁい?」なんてしゃべりかけてくれてあたしはすんなり輪の中に入ることが出来たのに、今日は違う。
あたしは確かにここにいるのに、いないみたい。あたし抜きで進行していく四人だけの会話、愛結たちの真似をして頷いてみても、誰もあたしと目を合わさない。四人とあたしの間には絶対破れない、透明の分厚い壁があるようで、排他的な空気におはようの一言さえ飲み込んでしまう。
無視されている?
疑惑が、胸の鼓動を速くする。喉が干上がっていく。目の前の風花の顔が遠すぎて霞む。
落ち着け、亜沙実。みんな、あたしの友だちだ。いきなり無視とか、マジありえない。絶対に思い違いに決まってる。これは単なる被害妄想だ。弱気な心が生んだ悪夢だ。
とにかく何かしゃべらなきゃ。きっと、しゃべってしまえば大丈夫だから。一度みんなの輪の中に入れたら、こんなひどい悪夢すぐ消える。怯える喉に力を入れ、無理やり口の両端を引っ張り上げた。
「ほんと、あれじゃあ痴漢じゃんねー。あんなエピソードだらだらやんないで、もっとキョウくんの話やってほしいわー」
途端に、四人の顔から笑顔が消えた。風花も愛結も睦も、美晴も、おそろしいほど冷めた目であたしを見る。
悪夢が現実になってショックが血の巡りを止める。やめて、そんなふうにあたしを見ないで。そんな寒い目で見つめないで。あたしはあなたの友だちじゃないなんて顔しないで。
風花がさっとあたしから目を逸らし、棘を含んだ声を出した。
「いや、キョウくんとかどうでもいいし。むしろダイくんだよね?」
さりげなくあたしの言うことを否定して、四人の周りに張り巡された見えない壁を厚くする。あたしが二度とその内側に入ってこれないように。美晴も愛結も睦も、すかさず風花の言葉に飛びついた。