「コピー、今からしてくるよ」


 非現実的な提案があたしの怒りを頂点まで突き上げた。ここは東校舎の四階の端っこ、コピー機がある職員室は西校舎の一階の端っこ。行って戻ってくるだけで走ってもかなりかかるし、全員の分の楽譜をコピーするのだって結構時間がいる。行ってコピーして戻って、全工程で少なくとも十分。朝練の時間はあと二十分とちょっとしかない。


「はっ、何言ってんの?」


 みずきがびく、と固まる。この子も文乃や未歩と同じ、可哀想って顔でおどおどしてれば、なんとかなると思ってる。女の子女の子した女の子って、本当に気に入らない。


 怒りの衝動に任せ、眼鏡の向こうの「可哀想」のシンボルみたいになってる瞳を睨みつける。眼鏡の中でみずきがさっと目を伏せた。


「いいよ、今からそんなことしてたら朝練終わっちゃうし。そんなことしてる時間が勿体無い。もっと考えてしゃべってくんない?」

「ごめん」


 みずきが小さく言って、すとんと椅子に腰を下ろした。美晴がぱんぱん、とヒリヒリした空気を一掃するように手を叩く。


「まぁ、別の曲やればいいじゃん。何もこの曲にこだわる必要ないでしょ」

「そうそ、ねぇパッフェルベル・カノンとかは?」

「いいじゃん。きっとまた卒業式で吹くんだし、練習しとこ」


 美晴の提案にすかさず乗っかった麻奈は、笑顔だけどほっぺたが強張っている。必死な二人の様子に、あたしはようやく自分が悪者になったことを実感した。


 麻奈も佑香も美晴も、一年生たちも、迷惑してたんだ。みずきじゃなくて、みずきを必要以上に責めてこの場をこんな空気にしたあたしに。


 メトロノームが刻むテンポに合わせ、五本のフルートと四本のクラリネットが一斉に鳴り出す。本当なら春のお花畑のような明るい曲なのに、音が揺れてて音程もみんな少しずつズレてて、ハーモニーが気持ち悪い。お花畑の上空に嵐を抱えた雲が現れたみたいだ。


 みずきは今きっと泣きそうになっていて、それを確認するのが怖くて、眼鏡の横顔を見ないようにしていた。