「文乃、ごめんなさい……お母さん、大事なことを忘れてた。お父さんがいないから、お父さんがいないからこそ……文乃にはそれを恥じないような、母子家庭だからって馬鹿にされないような、立派な人間になってほしいと思ってたの。その気持ちが強すぎて、文乃にああなってほしいこうなってほしい、押し付けるばっかりで、ありのままの文乃を受け入れることを忘れてた。成績とか関係ない、文乃はお母さんにとって一番大事なものよ」
ずっとずっと求めてた言葉。いくら欲しても得られなかった愛情。
それはいざ手にするとあまりにもあったかくて大きくて優しくて、傷だらけの心に染みて痛い。そして気付く。好きでも嫌いでもない人、どうでもいい人じゃない。
わたしにとってもお母さんは一番大事なものなんだと。
「おばさん、ごめんなさい……わたしのせいなんです。わたしが、止めな、かったから……」
ついに耐えられなくなったというように希重がしゃくり上げた。強く握られ過ぎて手が痛い。小さい頃一緒に遊んでて思いっきり転んだ時みたいに、お気に入りの人形の腕がもげちゃった時みたいに、中学生になった希重がぼろぼろ泣いていた。
「ごめんなさい、おばさんの、一番、大事な、文乃が……わたしのせいで……」
「希重ちゃんのせいじゃないわよ」
優しい言葉に希重はぶんぶん首を振った。そしてわたしの顔に自分の顔を近づけてごめんごめんと何度も繰り返す。
いじめられて謝られたことは何度もある。でも、本物の謝罪を受けたのは始めてだった。
「ごめん、ごめん文乃……わたし、友だち、なのに……文乃を、裏切った……最低だ……!!」
ぐずぐず鼻水をすすり、制服の袖で乱暴に顔をごしごし拭った。リコーダーやスクール水着がなくなった時だって、希重はこんなに激しい泣き方はしなかった。
「ほんとに、ごめん、ね……許して、もらえない、よね……ううん、いいよ、許さなくて……ごめん、文乃……」
何か言わなきゃ。こんなに泣いてる希重に何か言ってあげなきゃ。
その『何か』を思いつけないまま口を開きかけた時、病室の真っ白いドアが開いた。
「よかった、高橋さん……気が付いたんだね……」
弱弱しい声で言った上原さんはいつもよりも顔が青ざめていた。目も少し泣いたみたいだ。仲良しの上原さんに肩を抱かれると、希重はいっそう激しく嗚咽を漏らしてあとは何も言えなくなる。
希重の代わりのように、上原さんがまっすぐわたしを見つめた。
「高橋さん、ごめんなさい……学級委員として責任を感じてます……いや、違うね。学級委員として、じゃないよね……」
小柄な希重の肩をしっかり抱いている別の手。そっか、人間ってそういうものなんだ。泣きたい時は肩を抱きしめて、誰かが辛かったら別の誰かが支える。そういうものなんだ。
いじめられ続け人を信じないで生きてきたわたしは、そういうことさえ知らないでいた。
「学級委員だからとかじゃ、ないよね……人として、だよね。わたし、すごく間違ったことしてた。いじめられてた高橋さんにも、止められなくて苦しんでたのに気付いてやれなかった希重にも」
ずっとずっと求めてた言葉。いくら欲しても得られなかった愛情。
それはいざ手にするとあまりにもあったかくて大きくて優しくて、傷だらけの心に染みて痛い。そして気付く。好きでも嫌いでもない人、どうでもいい人じゃない。
わたしにとってもお母さんは一番大事なものなんだと。
「おばさん、ごめんなさい……わたしのせいなんです。わたしが、止めな、かったから……」
ついに耐えられなくなったというように希重がしゃくり上げた。強く握られ過ぎて手が痛い。小さい頃一緒に遊んでて思いっきり転んだ時みたいに、お気に入りの人形の腕がもげちゃった時みたいに、中学生になった希重がぼろぼろ泣いていた。
「ごめんなさい、おばさんの、一番、大事な、文乃が……わたしのせいで……」
「希重ちゃんのせいじゃないわよ」
優しい言葉に希重はぶんぶん首を振った。そしてわたしの顔に自分の顔を近づけてごめんごめんと何度も繰り返す。
いじめられて謝られたことは何度もある。でも、本物の謝罪を受けたのは始めてだった。
「ごめん、ごめん文乃……わたし、友だち、なのに……文乃を、裏切った……最低だ……!!」
ぐずぐず鼻水をすすり、制服の袖で乱暴に顔をごしごし拭った。リコーダーやスクール水着がなくなった時だって、希重はこんなに激しい泣き方はしなかった。
「ほんとに、ごめん、ね……許して、もらえない、よね……ううん、いいよ、許さなくて……ごめん、文乃……」
何か言わなきゃ。こんなに泣いてる希重に何か言ってあげなきゃ。
その『何か』を思いつけないまま口を開きかけた時、病室の真っ白いドアが開いた。
「よかった、高橋さん……気が付いたんだね……」
弱弱しい声で言った上原さんはいつもよりも顔が青ざめていた。目も少し泣いたみたいだ。仲良しの上原さんに肩を抱かれると、希重はいっそう激しく嗚咽を漏らしてあとは何も言えなくなる。
希重の代わりのように、上原さんがまっすぐわたしを見つめた。
「高橋さん、ごめんなさい……学級委員として責任を感じてます……いや、違うね。学級委員として、じゃないよね……」
小柄な希重の肩をしっかり抱いている別の手。そっか、人間ってそういうものなんだ。泣きたい時は肩を抱きしめて、誰かが辛かったら別の誰かが支える。そういうものなんだ。
いじめられ続け人を信じないで生きてきたわたしは、そういうことさえ知らないでいた。
「学級委員だからとかじゃ、ないよね……人として、だよね。わたし、すごく間違ったことしてた。いじめられてた高橋さんにも、止められなくて苦しんでたのに気付いてやれなかった希重にも」