「見たっつっーか見えちゃったつーか? ま、遠すぎてよくわかんなかったんだけどさ」

「やだもうあんな人。ほんと、いなくなってよかったし」

「和紗ひどっ!」

 桃子が笑いながら言う。和紗はだってキモいんだもんと眉をひそめたまま唇を尖らせる。また笑いが起こる。いつものように黙ってみんなの会話を聞きながら、最後に見た河野の笑顔を思い出していた。河野はここにいるみんなよりもずっと純粋に無邪気に笑ってた。

 本当はみんなに言いたかった。河野はたしかに人と違うことをしちゃうし、それがキモがられることだってある。でも河野のことをこんなふうに言うのは間違ってるし、いなくなってよかったなんてことない……わたしにはそれを口にする勇気も権利もない。わたしだって結局はこの人たちと同じだから、いやこの人たちよりずっとずっとひどいことを河野にしていたんだから。

 今ならわかる。河野はたしかにわたしたちとは『違う』。でも違うってことは劣るってこととイコールじゃない。『違う』部分が河野のように生まれ持った障がいであるにせよ、わたしのように容姿や運動神経や頭の出来のことでも、いじめられてしょうがないとか、そんなわけない。

ましてや河野の言うようにいじめという形で誰かの玩具になることでしかひとを喜ばせられないなんて、そうやって自分を必要以上に貶めちゃいけないんだ。

 わたしは河野に言うべきだった。それは間違ってるよ、って。そして謝るべきだった。そのどちらもせずに逃げた。今となってはどちらも永遠に叶わない。

「はーい、河野の真似しまーす!」

 明菜が元気よく言って、河野のどもり口調や顔真似を大げさにやって見せる。和紗と鞠子が笑い転げ桃子がじゃーあたしもと参戦して、河野の偽物が二人になった。みんな笑ってた。わたしだけが笑っていなかった。

 間違ってたのは河野だけじゃない。わたしもどうせ自分はブスだしバカだしトロいからって、いじめられるのは仕方ないって、いじけて諦めて自分からひとに背を向けてた。戦うことも立ち向かうこともせず、日ごと溜まっていく鬱屈を虫を殺したり河野をいじめることで発散してた。

わたしがやってたのもいじめだ。ごめんなさいわたしが自分のためだけに殺した小さな命。ごめんなさい河野。いくら謝っても殺したものは生き返らないしこの気持ちは絶対河野に伝わらないし、犯した罪は消えない。

「おーい、ウンコ女の体操着発見したぞー!」

 増岡の声がして明菜たちが一斉にそちらに顔を向ける。増岡が何かの戦利品みたいにエリサの体操着袋を高々と掲げている。ハローキティ柄のエリサのものにしてはちょっと子どもっぽい柄の袋の片隅に『周防』とマジックで書かれていた。すぐに小松崎に山吹に黒川、いつものメンバーが増岡と体操着袋を取り囲む。