「ねぇねぇそういえば河野潤平って転校したの?」

 明菜たちの間でその話題が出たのは河野がいなくなって十日ほど経った日の昼休みだった。

朝のニュースでアナウンサーが今年一番の冷え込みと伝えた寒い日で、今にも雪を生み出しそうな灰色の雲が地上すれすれまで垂れ込めている。一週間ぐらい前に教室の端っこに設置された古めかしいストーブの前に明菜たちは輪になって体育座りしていた。

それぞれの短くしたスカートの奥から赤とかピンクとかの毛糸のパンツが覗いている。見えてもいいパンツがあるということを最近になって知った。そもそも見えそうなほど短くしなきゃいいのに、明菜たちは生徒指導の教師に睨まれようが真冬の冷たい風に太ももを撫でられようが、ミニスカート以外考えられないらしい。

「はっ明菜何ソレ、河野潤平ってあのひまわり組の?」

「それ以外どの河野がいるのよ」

「あの人、目つきがなんかおかしいよねぇ。近江さんのこと、体育の時にじーっと見てるの。たぶん好きなんだろうけど、気持ち悪くない?」

 和紗がまるで自分が不快な思いをしたかのように眉をひそめて、明菜と桃子がうぎゃーマジー気持ち悪―いとゴキブリでも見つけたみたいな声を上げた。鞠子だけはその話題にあまり興味がないのか、ふぅーんと相槌を打つのみ。

ふと視線がかち合って、この前のことがあるからか鞠子は露骨に嫌そうな顔をする。明菜たち三人はわたしと鞠子の間で起こってる小さな諍い(て、言っていいんだろうか。わたしが一方的に鞠子に目の敵にされているだけなんだけど)に気付きもせず、そういえばあの時河野がどうしたこうしただのと、思い出してあげつらってはキモーイとはしゃいでいる。

 当たり前だけど河野がいなくなったからってわたしの日常に特に変化はない。前と変わらず学校に通い、明菜たちにくっついて行動して、エリサへのいじめは続き、家に帰ると買って食べて吐く。その繰り返し。

 でも使い慣れたシャープペンをなくしてしまったような、ペンケースを開く度に少しだけ違和感を覚えるような。そういう、ごく小さな、でもはっきりとした喪失感があった。