「はっ、忘れたって何? 本気で言ってんの!?」


 みずきが頬を強張らせ、三つ編みを揺らして頷く。「可哀想」を顔全体で表したような表情にあたしは余計イラつく。生徒たちが登校してくるまで、朝練の場所になってる一年生の教室で、あたしはみずきに怒鳴っていた。美晴も佑香も麻奈も一年生たちも、まるで自分が怒られているように下を向いている。


 夕べのことがあった上、今朝は今朝で真衣にヘアピンを取られた。美晴とおそろいで買ったお気に入りを勝手に使われた。ついに未歩のものだけじゃ飽き足らず、あたしのものにまで手を出すとは。怒ったら真衣も未歩のようにギャビーと泣き、真衣を泣かしたからってお母さんにまた怒られた。


 そんなわけで今朝のあたしは、イライラしている。イライラしてなかったら、フルートパートとの合同練習でみずきが今日やる予定の曲の楽譜を用意してないからって、こんなに怒らない。もともと、そんなに熱心な部員じゃないし。つまりあたしの怒りの源泉はみずきとも部活とも関係ない、完全な私情だ。わかっていて自分を止められなかった。


「昨日の放課後、用意しなかったの? 時間はたっぷりあったはずじゃん、何してたのよ」

「みんなで、クレープ食べに……」


 本当に申し訳なさそうにみずきが言った。眼鏡の向こうの目が揺れている。昨日、風花たちにクレープを食べに行くのに誘われたこと、誘われたのにあたしだけ行けなかったこと、その悔しさを思い出して、怒りのボルテージは更に高まっていく。


「遊ぶのはいんだけどさぁ、こういうことちゃんとやってくんなきゃ。フルートのことだけならフルートが迷惑するからいいよ、でも今回はクラパートのうちらまで迷惑すんの」

「ごめん……」


 もごもごとした声が謝っていた。みずきは眼鏡と三つ編みにした長い髪がトレードマークで、友だちがいないわけじゃないけどどっちかっていうとおとなしい子。よくはしゃぐ佑香や麻奈とは、タイプが違う。目立つほうじゃないものの頭は良くて、フルートパートのリーダーに選ばれたのも、勉強が出来るからってところが大きいと思う。リーダーに相応しいかどうかと勉強が出来ることなんて、全然関係ないのに。


「みずきさ、パートリーダーなんでしょ? リーダーとしての責任感、ある? 勉強できるだけじゃリーダーなんか務まんないし。麻奈か佑香に代わってもらいなよ」


 麻奈が何か言おうと口を開きかけ、あたしと目が合った途端視線を逸らして黙ってしまう。佑香は俯いている。美晴は困ったような、少し怒ったような顔をしながら、それでも何かしてないと落ち着かないみたいにクロスでクラリネットを拭いている。一年生はそろって下を向いていて、中には泣きそうな顔になってる子もいた。


 わかってる、随分ひどいことを言っちゃったって。でも今さら引き返せない。一度爆発してしまったものは、戻せない。このイライラを、やるせなさを、どっかで吐き出さないと、あたしは壊れてしまう。心に溜まる黒い感情をきれいに自分の中で消化できるほど、中学二年生は大人じゃない。


 みずきが途方に暮れた顔で立ち上がった。