養護学校という単語は河野には難しかったのか、小さく首を捻る。

 その時わたしは、素直に思っていた。新しい学校で河野が楽しく過ごせればいいと。二度と河野が傷つけられることがなければいいと。自分だっていじめてたくせに、しかもそのやり方は他の誰よりもひどかったっていうのに、そう思っていた。

「文乃さん、元気にしていてくださいね」

 河野はまだ笑っていた。思春期まっさかりのドロドロを心にいっぱい蓄えた中学二年生には普通できない、透き通るような笑顔だった。

「文乃さんは怖いけど、たくさん痛いことも嫌なことも、されたけど。僕は文乃さんのこと、嫌いじゃないです。むしろ、好きです。あ、希重さんとは違う意味の、好きです」

「……当たり前でしょ。あんたに好きとか言われたら気持ち悪くて吐き気がする」

「でも、僕がいなくなったら寂しいですよね、文乃さん。泣かないで下さいね」

「ふざけんじゃねーよっ」

 河野の顔面を思い切り蹴り上げた。鼻と口の端から同時に出血し、赤いものが床に飛び散る。河野が怪我して家に帰ったら大人に不審がられるとかそしたらわたしのしてることがバレちゃうとか、冷静に考えられなかった。何度も何度も、顔面とかお腹とかばっかり狙って蹴り上げる。その度河野のくぐもった悲鳴が起こる。

 河野の言う通りわたしは泣きそうだった。泣きたい気持ちを暴力によって昇華させるように、足を振り上げた。

「調子乗ってんじゃないよ。好きだの泣かないで下さいだの、何様のつもりだよ。いつからそんな偉くなったんだよ。あんたにそんなん言われたって全然嬉しくないんだからな」