たしかに学校中からの河野いじめは前からひどかったし、何度も問題になってた。わたしがエリサやその他の人たちにされてきたのとはまた違う種類の、静かで陰湿で巧妙ないじめが河野に対して長い間行われていた。河野が障がい者だってことでこの問題を大きくしようとしている大人たちを、わたしは冷めた目で見ていた。

同じいじめられっ子なのにわたしには何もしてくれなくて、先生たちだってほんとはちゃんと知ってるはずなのにみんなそろって見て見ぬふりで、でも障がい者だからってだけで河野のためには正義感を振りかざす。偽善としか思えない。河野が羨ましいわけじゃないけど、河野が大人に守られているという事実はわたしをイラつかせた。

 当たり前だけど河野はちゃんと傷ついていた。他の人と少し違う構造の頭脳を持ってるからっていじめられる痛みを感じないわけじゃない。わたしが辛いことは河野も辛いんだ。そのことに気づいて、河野に抱いていたひりひりした感情がすうっと溶けていく。

「お父さんとお母さんが、先生たちとかいろんな大人と話し合って、決めました。このままだと僕のために、良くないからって」

 河野の顔の中で一番特徴的なのは、その目つきだ。どこを見ているのかわからない独特の瞳の動きで、誰もがすぐに河野が自分たちとは『違う』のだとわかってしまう。

 けれどその瞳はよく見れば夏の初めの空を思わせるようにすっきりと澄んでいて、きれいだった。

「先生とかみんなが、頑張ってくれたけど。いじめる人だけじゃなくて、僕を助けようとした人も、いたけれど。結局いじめは、なくなりませんでした。しょうがないんです。僕は馬鹿なので。普通の学校にいる限り、いじめられます」

「だったら転校したってまたいじめられるんじゃないの」

「今度の学校は、僕みたいな人しかいない学校です」

「それ、養護学校ってやつ?」

「よう……ご? たぶん、そうだと思います」