だんだん下垂していく河野のお腹をスニーカーのかかとでつつくと、うっと河野は大げさな悲鳴を上げ再びお腹を高く持ち上げた。必死の形相が面白くて乾いた笑いが漏れる。
わたしが鞠子にどう言われようがそれで傷つこうが、河野は訓練済みの警察犬のごとく一から十まできちんと言うことを聞く。ちょっと不思議だ。なんで河野はわたしにいじめられていることを大人に言わないんだろう。
ひまわり組の先生とか親とか、河野の周りには河野を守ろうとしている大人がたくさんいるはずなのに、なんでその人たちは河野をいじめから救えないんだろう。これだけのことをやられていれば普通は告げ口する。そうしないのは、特殊な構造をしている河野の頭では告げ口という手段を思いつけないからなのか、それともひょっとしてこいつはいじめられるのが大好きでむしろいじめられたいと思っているような変態ドM野郎なのか。
「ねぇ、なんであんたそんなにわたしの言うこと聞くのよ」
こわばった河野の顔がえ、とこっちを向く。何か悪い予感を察したのか、最近はわたしの前ではだいぶどもらなくなっていた河野の舌はうまく回らない。
「な、なんでって。そ、そりゃ、聞きますよ。ふ、文乃さんのおお、おっしゃることなら、な、なんでも」
「だからそれがなんでかって聞いてるの、マジ頭悪いなあんた」
「だだ、だって、言わないとば、バラすって……み、水着のこととか、リコーダー、とか、いろいろ……」
「ほんとにそれだけなの?」
河野はブリッジの姿勢のまましばし、考えるように目をきょろきょろさせた。実は僕変態ドM野郎なんですという告白を期待していなくもなかったんだけど、しばらくして河野は腕をがくがくさせながら邪気のない笑いを見せ、意外なことを言う。
「よ、喜んでくれるからだと思います。文乃さんが」
「はぁ?」
本当に意味がわからなくてちょっとイラついた声になっていたにも関わらず、河野は臆さずに無邪気な笑顔のまま続ける。
「僕がしたことで喜んでくれる人がいるのが、嬉しいんです」
「……まだよくわからないんだけど。どういう意味よ、それ」
「その、僕は……いつも周りに迷惑とか、心配とか、かけてばっかりで。みんなは僕に優しくしてくれるけれど、僕は誰かを喜ばせたり、誰かの役に立ったり、そういうことがありません。僕は、馬鹿だから」
わたしが鞠子にどう言われようがそれで傷つこうが、河野は訓練済みの警察犬のごとく一から十まできちんと言うことを聞く。ちょっと不思議だ。なんで河野はわたしにいじめられていることを大人に言わないんだろう。
ひまわり組の先生とか親とか、河野の周りには河野を守ろうとしている大人がたくさんいるはずなのに、なんでその人たちは河野をいじめから救えないんだろう。これだけのことをやられていれば普通は告げ口する。そうしないのは、特殊な構造をしている河野の頭では告げ口という手段を思いつけないからなのか、それともひょっとしてこいつはいじめられるのが大好きでむしろいじめられたいと思っているような変態ドM野郎なのか。
「ねぇ、なんであんたそんなにわたしの言うこと聞くのよ」
こわばった河野の顔がえ、とこっちを向く。何か悪い予感を察したのか、最近はわたしの前ではだいぶどもらなくなっていた河野の舌はうまく回らない。
「な、なんでって。そ、そりゃ、聞きますよ。ふ、文乃さんのおお、おっしゃることなら、な、なんでも」
「だからそれがなんでかって聞いてるの、マジ頭悪いなあんた」
「だだ、だって、言わないとば、バラすって……み、水着のこととか、リコーダー、とか、いろいろ……」
「ほんとにそれだけなの?」
河野はブリッジの姿勢のまましばし、考えるように目をきょろきょろさせた。実は僕変態ドM野郎なんですという告白を期待していなくもなかったんだけど、しばらくして河野は腕をがくがくさせながら邪気のない笑いを見せ、意外なことを言う。
「よ、喜んでくれるからだと思います。文乃さんが」
「はぁ?」
本当に意味がわからなくてちょっとイラついた声になっていたにも関わらず、河野は臆さずに無邪気な笑顔のまま続ける。
「僕がしたことで喜んでくれる人がいるのが、嬉しいんです」
「……まだよくわからないんだけど。どういう意味よ、それ」
「その、僕は……いつも周りに迷惑とか、心配とか、かけてばっかりで。みんなは僕に優しくしてくれるけれど、僕は誰かを喜ばせたり、誰かの役に立ったり、そういうことがありません。僕は、馬鹿だから」