「文乃さん?」

 閉じかけていた瞼を持ち上げ声をかけた河野を見ると、苦しそうな顔の中で二つの目がきょとんとしていた。今日は『盗品』である希重のスクール水着を着せてブリッジをさせている。希重の小さな水着はぱっつんぱつんに伸びても裂けはせず、河野のでかい体をどうにか収めていた。女の子用の水着を無理やり着ている河野はそのどこを見ているかわからない目つきのせいもあって、完璧に不審者で笑える。

寒い。くるぶしのところまでたるんでいたソックスを膝まで引っ張り上げるけれど、気休めにしかならない。コンクリートむき出しの床は氷みたいで、隙間やヒビだらけの廃墟の壁は何からも守ってくれなかった。わたしがこれだけ寒いんだから、スクール水着しか着てない河野はシベリア並みの寒さを体感しているに違いない。その証拠に、もう五分以上も床に貼り付いてでかい体を支えている両手は火傷したように腫れて体積を増している。

「どうかしました、ぼうっとして」

「別にぼうっとしてないし」

「何かあったんですか」

「ほんとに何もないし、たとえわたしに何かあったとして、あんたに関係ないでしょ。それより、お腹下がってる」