帰ってきたお母さんにこっぴどく叱られた。真衣が鍋をひっくり返したのも、大判のバンドエイド二枚で隠さなきゃいけないヤケドを負ったのも、泣きすぎて目がイクラみたくなったのも、みんなあたしの責任らしい。


幸い真衣のヤケドは大したことなかったし、お母さんもあの後五分ぐらいで帰ってきて、おろおろするあたしの代わりに的確な処置を取ってくれたんだけど、台無しになったシチューの代わりに宅配ピザになった夕食が済んだらあたしだけ廊下に出され、怒鳴られた。


「料理する時は注意しなさい、未歩たちがいるんだから特に火や包丁の扱いには気をつけてって、いつも言ってるでしょう!! なんで注意ひとつできないのよ!! お母さんがいない時には亜沙実が未歩と真衣の保護者なんだからね、もっと責任持って、しっかりやってくれないと困るの!!」


 怒鳴られている間ずっと下を向いて唇を噛んで、黙ってた。反抗期らしくここで一言二言言い返してもよかったし、そうしたかったけど、未歩が生まれて以来長い時間をかけて作られた「お姉ちゃん体質」がそれを邪魔する。怒られて、反抗したこともあった。でも口答えしたところで、いいことはない。「じゃあそんな子、うちにはいりません!!」って外に出され、許されるまで寒い玄関で膝を抱えるだけだ。


 だったらいい子でいたほうがいい。自分の言いたいことは言わないで遠慮して、いい子を、いいお姉ちゃんを、やってればいい。でもいい子でいても、やっぱりいいことはない。


 長いお説教が終わって自分の部屋に入ると、ふう、と年寄り臭いため息が出る。どっと疲れが襲ってきて、そのままベッドに転がってしまう。本当に疲れた。心も身体も。


 ベッドサイドで充電していた携帯を手に取りフリップを開くと、美晴からメールが来ていた。『今日は残念だったね。亜沙実がいたらきっともっと楽しかったよ! また絶対行こうね』……そうか、楽しかったんだ。あたしが料理しつつ未歩たちに手を焼き、ガン泣きする真衣を前におろおろしてる間、みんなすごく楽しかったんだ。気遣ってくれてるはずの美晴の言葉さえ、ささくれた心には皮肉に聞こえる。


 どうして長女なの? どうしてお姉ちゃんなの? 妹たちのせいで、友だちと遊べない。妹たちのせいで、お母さんに怒られる。妹たちのせいで、好きなテレビが見れない。妹たちのせいで、欲しいものを買ってもらえない。妹たちのせいで、一人の時間を邪魔される。妹たちのせいで、あたしは不幸だ……


 横になってたら眠くなってきた。まだ十時を少し過ぎただけだけど、身体は重いし頭はフワフワするしもう限界だ。そういえば数学の宿題があったっけ、でもいいや、明日授業の直前に愛結に見せてもらえればいい、愛結、数学得意だから。お風呂も明日入ればいい。


 現実から逃げるように、あたしは枕に顔を埋めた。布団の中はあたしがこの家でほっとできる、唯一の場所だ。