災難だ、まったくもって災難。斜め前にある鞠子の背中がそう言っていて、イライラした感情が皮膚感覚でちりちり伝わってくる。わたしたちの五メートル前を歩く吉田先生が振り返り、尖った声を出す。

「ほら、さっさと歩く! ちんたらしてると五時間目終わるぞ」

 ちんたらしてるうちに体育の授業が終わってくれるなら、それがいい。そう思ったけどまさかここで言い返すわけにもいかずわたしと鞠子は駆け足になる。鞠子の背中が放つイライラオーラが更に強くなる。

いつもうちのクラスの体育を担当している溝口先生は今日に限ってお休みで、代わりに体育を受け持つことになったのはこの吉田先生。身長二メートル弱、体も声も日本人男性の規格外に大きい柔道部の顧問で、どんなに反抗的な不良も一発怒鳴るだけで従わせる。

学校いち怖い教師だって評判なのにこの人の前でもいつも通りおしゃべりに忙しい明菜たちは、馬鹿だ。吉田先生は女子だからって容赦なくみんなを叱り飛ばした(というか恫喝した)後、罰として自分の手伝いをすることを言いつけた。たくさん来られてもってことで五人の中からセレクトされたのがわたしと鞠子。

なんで明菜の隣に立ってただけで、一度も口を動かしてないわたしが選ばれちゃうのか。まぁ残りの仲良し三人組はグラウンド五周を言い渡されてたから、どっちもどっちかもしれない。

「今体育倉庫の整理やってるんだ。だいぶ古い道具や壊れた道具があるから、この際そういうの全部処分しちゃおうってな。ここらへんに積み上げてあるのが捨てるやつ。これを二人で、いつも掃除の時校舎の裏のゴミ捨てに行くだろう、そこへ運んでおいてくれ」

 薄暗い体育倉庫の片隅に錆びついたハードルやウレタンがはみ出してるマット、ひしゃげたカラーコーンなんかが積み上げられている。

ぼろぼろになった末役目を終えた運動器癖が忘れ去られたように放置されている光景は、土埃にまみれたコンクリートむき出しの体育倉庫の壁と相まって、砂漠の入り口みたい。もちろん砂漠になんか行ったことないんだけどそういうイメージを想起させる。不思議と落ち着く空間だ。とはいえ、もちろん長居はしたくない。