明菜たちはエリサの机を取り囲んでいた。マジックを握ってにやにやしながら何か机の表面に書いている桃子。よっぽど面白い言葉だったのかその傍でやだーもーとクスクス笑っている和紗。いつもは比較的口数の少ない鞠子も今はやたらイキイキした顔でマジック片手に明菜としゃべっている。

岡、小松崎、山吹、黒川と男子たちも揃っていて、赤いの黒いの太いの細いの、いろんなマジックで書かれた言葉たちでエリサの机はひどいことになっていた。『ウンコ女 くっせー』『性悪女』『ブス 死ね』『キモい』『マジムカつく』『中沢くんにフラれておめでとう』……

 ついに、無視したり聞えよがしに悪口を言ったりするだけじゃ満足できなくなってきたってわけだ。エリサへのいじめは確実にエスカレートしている。ひどいいじめをすればするほど面白いんだってことをこの子たちに教えたのはエリサなんだけど、まさかその対象に自分がなっちゃうなんて皮肉なもんだ。とことん可哀想な子。

「ほら、高橋さんもなんか書いて!」

 明菜が半ば強引にわたしの手にマジックを握らせ、机の前に押しやる。小松崎がこのへんなんかいいんじゃね、と落書きだらけの机の右端の空いたスペースを指差す。

「そんな突然言われても、何書いたらいいのか……」

「エリサに対する恨みつらみ。高橋さんならいっぱい、あるでしょ? 思いのたけをぶつけちゃいなよ!」

 そう言って小松崎が指差したスペースをばん、と平手で叩く明菜。そうだ書け書けーとみんながはやし立てる。長い間いじめられ続けたため他人との関わりが乏しく、社交性がいまいちだと自覚しているわたしだって、こういう時空気を読むぐらいのことはできる。マジックのキャップをとり黒い先端を机の表面に押し付けた。そのまま手を動かせばきゅっきゅっと気持ちのいい音が響く。

「あはは、いいじゃーん。高橋さん、やるぅ」

 桃子がけたけた声を立てて笑い、他のみんなも大ウケだ。『学校来んな 存在自体が迷惑』という文字がエリサの机で躍っている。いいねー高橋さんと背中をバンとやってくる明菜の肩越しにまだ大声でしゃべってる犬飼さんが見える。

 咄嗟に思いついたのはいつか犬飼さんに言われた言葉だった。キモいだの死ねだの言われ慣れているわたしはあれぐらいなんでもなかったけれど、ちやほやされるのが生き甲斐みたいなエリサだったらひとたまりもないだろう。

「おい、戻って来たぞ」

 増岡が耳打ちし、みんなはしゃぐのをやめて知らず存ぜぬって顔で落書きに埋め尽くされた机を離れ、教室の隅っこに輪を作ってエリサの反応を待つ。エリサは二、三秒教室の入り口で立ち尽くしていたけれど、やがて早足で自分の席に向かって歩きだし、椅子には座らず立ったまま悲惨な状態の机を見下ろす。

 顔を上げたエリサがこちらを睨みつけるけど、多勢に無勢。そんな顔されたって痛くも痒くもないって感じでみんながどっと笑う。エリサはまだこちらを睨んでいる。

 違う。エリサが憎悪を込めて見つめているのはこちら、じゃない。わたしだけだった。