教室に入ると、大声でしゃべっていてうるさい犬飼さんたちが真っ先に目につく。犬飼さんは一瞬わたしに視線を当て、すぐに逸らす。

いつかの放課後、ウザいだのキモイだの死んでだの一方的に言って逃げて行った犬飼さん。わたしは図書室から借りてきた本を読んでいただけで、それでなくてもまったく接点のない犬飼さんからそんなどろどろした感情を向けられる理由がわからず、汚い言葉に傷つくのも忘れて茫然としてしまった。ウザいとかキモいとか血走った目で怒鳴りたてる犬飼さんがむしろキモかった。

 意味不明な行動の理由はすぐに判明した。あの後すぐ、犬飼さんは友だちのはずの谷本さんや市井さんたちに徹底的に無視されだしたから。まさか自分がそんな目に遭うなんてとショック過ぎた犬飼さんの目の前にいたわたしは、絶好の八つ当たりの対象だったんだろう。

 最近では犬飼さんはグループに復帰して、その代わりおしゃべりの輪に入れない谷本さんが泣きそうな顔をして自分の席で蹲っている。今ハブられているのはあの子なんだろう。

しばらくすればまたターゲットが変わるはず。犬飼さん谷本さんと来て、次は誰かな。川崎さん、島部さん、いや案外市井さんだったりしてね。ああいういじめは何かきっかけがある度にターゲットが変わって、終わりがない。まるで「いじめ当番」みたいなものが存在してるかのように永遠に続くのだ。

 大人はエリサや明菜みたいなわかりやすく不良っぽい子ばかりいじめをするんじゃないかと目をつけるけど、派手だろうが地味だろうが不良だろうが優等生だろうが関係ない。思春期はいじめの季節だ。それも、もっと小さな頃、いじめの意味すらよくわからない年頃に起こる、遊びやからかいの延長線上の無邪気に残酷ないじめと違って、相手を傷つける意図がはっきりとそこにある陰湿ないじめ。

 まぁ、犬飼さんたちのことなんてどうでもいいか。

「高橋さーん。こっちー」

 自分の席へ歩きかけると明菜に呼ばれる。威圧感のこもった笑みで手招きされ、無視なんかできない。