「おねぇちゃあん、真衣に注意してよ。あんなことしたら破けちゃう、未歩のワンピース」
「自分で取り返しに行きなさいよ」
「それが無理だからお姉ちゃんに頼んでるのに」
「無理なら我慢しなさいよ」
「やだよ! あのワンピース、誕生日にお化粧セットと一緒にもらったやつで……」
「うるさいのよ!!」
怒鳴ると未歩がハッと固まった。真衣が一瞬だけこっちを見て、すぐまた興味なさそうに視線を手元に落とす。
もう、限界だった。妹たちのどうでもいいことに巻き込まれるのにも、こうやって耳元でぎゃあぎゃあ喚かれるのも。こんな妹たち嫌だ、こんな家嫌だ。新聞やニュースを賑わせる、家に火をつけて親を殺した少年を馬鹿じゃあんと軽蔑してたけど、今ならそいつの気持ちがわかる。あたしだって殺せるもんなら殺したい、こんな妹たち。包丁を握ったままの右手がぴくぴくした。
「うるさいのよもう、ひとが一生懸命、あんたたちのために夕飯作ってるって時に!! お姉ちゃんだってほんとはこんなことしたくないのよ、ほんとは友だちと一緒にクレープ食べに行きたかったのに、あんたらのせいでこんなことしてるの!! あたしのほうがあんたよりずっと我慢してるんだから、未歩も人形のワンピースぐらい我慢しなさいよ、お姉ちゃんでしょ!!」
包丁片手に本気で怒鳴るあたしは余程の迫力だったんだろう、未歩が俯き、涙声になる。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんってうるさい。未歩は未歩だよ。お姉ちゃんじゃないよ」
フローリングの上にぽたぽた、大粒の涙が落ちる。普段、親に言われて一番嫌なことをあたしは言っていた。でも一度八つ当たりの方向が決まってしまうと、後は止まらない。
「あたしだってお姉ちゃんお姉ちゃん言われてんのよ、下に真衣しかいないあんたより、あんたと真衣がいるあたしのほうがずっと可哀想なの!! 自分だけが可哀想とか思わないでくんない!? 面倒起こさないで、あたしに手をかけさせないで、自分のことぐらい自分でやって!! 毎日毎日あんたらのせいで、こっちはうんざりなんだよ!!」
言ってる途中から未歩は泣いていた。小三にもなって赤ん坊みたいにぎゃんぎゃん喚き散らし、涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃにする未歩を、別に可哀想とも思わない。そう、よっぽどあたしのほうが可哀想なんだから。調理台に向き直り、再び包丁を動かす。と、真衣がぱたぱた駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、ジュースちょうだい」
「洗い物の籠の中にコップあるでしょ。それとって冷蔵庫からジュース出して、勝手に飲んで」
真衣は言われた通り、シンクの端っこにある洗い物の籠に手を伸ばす。あたしはまな板の上に目を戻し、最後のトマトを手に取る。未歩の泣き声はまだ続いていた。
ドオッという音。続いて何かが飛び散る音。真衣の悲鳴が弾け、未歩の泣き声がぴたりと止まる。顔を上げるとホウロウの重い鍋が床に転がって、できたてのシチューがちらばっていた。シチューは床にもリビングテーブルの足にも、真衣のショートパンツから突き出た太ももにもかかっている。きっと、洗い物籠に手を伸ばした真衣の肘が籠の前にあったシチューの鍋に当たっちゃったんだろう。
真衣はこの世の終わりみたいな声で泣いていた。
「いやぁ、熱いよぉ、痛いよぉ、助けてぇ、おねぇちゃあん」
あたしは止まっていた。お母さんなら、大人の女の人なら、こういう時もっと素早く対応して、真衣を助けられるんだろう。でもあたしはいくら主婦してたって、夕ご飯の用意や妹たちの面倒を見ることの責任を押し付けられたって、結局ただの中学二年生だった。
「自分で取り返しに行きなさいよ」
「それが無理だからお姉ちゃんに頼んでるのに」
「無理なら我慢しなさいよ」
「やだよ! あのワンピース、誕生日にお化粧セットと一緒にもらったやつで……」
「うるさいのよ!!」
怒鳴ると未歩がハッと固まった。真衣が一瞬だけこっちを見て、すぐまた興味なさそうに視線を手元に落とす。
もう、限界だった。妹たちのどうでもいいことに巻き込まれるのにも、こうやって耳元でぎゃあぎゃあ喚かれるのも。こんな妹たち嫌だ、こんな家嫌だ。新聞やニュースを賑わせる、家に火をつけて親を殺した少年を馬鹿じゃあんと軽蔑してたけど、今ならそいつの気持ちがわかる。あたしだって殺せるもんなら殺したい、こんな妹たち。包丁を握ったままの右手がぴくぴくした。
「うるさいのよもう、ひとが一生懸命、あんたたちのために夕飯作ってるって時に!! お姉ちゃんだってほんとはこんなことしたくないのよ、ほんとは友だちと一緒にクレープ食べに行きたかったのに、あんたらのせいでこんなことしてるの!! あたしのほうがあんたよりずっと我慢してるんだから、未歩も人形のワンピースぐらい我慢しなさいよ、お姉ちゃんでしょ!!」
包丁片手に本気で怒鳴るあたしは余程の迫力だったんだろう、未歩が俯き、涙声になる。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんってうるさい。未歩は未歩だよ。お姉ちゃんじゃないよ」
フローリングの上にぽたぽた、大粒の涙が落ちる。普段、親に言われて一番嫌なことをあたしは言っていた。でも一度八つ当たりの方向が決まってしまうと、後は止まらない。
「あたしだってお姉ちゃんお姉ちゃん言われてんのよ、下に真衣しかいないあんたより、あんたと真衣がいるあたしのほうがずっと可哀想なの!! 自分だけが可哀想とか思わないでくんない!? 面倒起こさないで、あたしに手をかけさせないで、自分のことぐらい自分でやって!! 毎日毎日あんたらのせいで、こっちはうんざりなんだよ!!」
言ってる途中から未歩は泣いていた。小三にもなって赤ん坊みたいにぎゃんぎゃん喚き散らし、涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃにする未歩を、別に可哀想とも思わない。そう、よっぽどあたしのほうが可哀想なんだから。調理台に向き直り、再び包丁を動かす。と、真衣がぱたぱた駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、ジュースちょうだい」
「洗い物の籠の中にコップあるでしょ。それとって冷蔵庫からジュース出して、勝手に飲んで」
真衣は言われた通り、シンクの端っこにある洗い物の籠に手を伸ばす。あたしはまな板の上に目を戻し、最後のトマトを手に取る。未歩の泣き声はまだ続いていた。
ドオッという音。続いて何かが飛び散る音。真衣の悲鳴が弾け、未歩の泣き声がぴたりと止まる。顔を上げるとホウロウの重い鍋が床に転がって、できたてのシチューがちらばっていた。シチューは床にもリビングテーブルの足にも、真衣のショートパンツから突き出た太ももにもかかっている。きっと、洗い物籠に手を伸ばした真衣の肘が籠の前にあったシチューの鍋に当たっちゃったんだろう。
真衣はこの世の終わりみたいな声で泣いていた。
「いやぁ、熱いよぉ、痛いよぉ、助けてぇ、おねぇちゃあん」
あたしは止まっていた。お母さんなら、大人の女の人なら、こういう時もっと素早く対応して、真衣を助けられるんだろう。でもあたしはいくら主婦してたって、夕ご飯の用意や妹たちの面倒を見ることの責任を押し付けられたって、結局ただの中学二年生だった。