たたきで靴を脱いだ後幸福過ぎるわたしと希重の写真が目に入って、静かに写真立てを倒した。時々こうするけど、しばらくすると元通りにされている。写真を戻すお母さんはきっと、何かの拍子で倒れちゃったんだろうぐらいにしか思ってない。子どものことをなんにも知らないくせになんでも知った気になっている、鈍感で幸せな人なのだ。

壁を探って電気をつければ、お母さんがお給料で少しずつ買い揃えていったこだわりの家具たちがリビングダイニングに浮かび上がる。やたらと腰が沈むふかふかのソファー、四十二インチの液晶テレビ、昔のレコードとか海外のファッション誌とかがセンスよくディスプレイされているシェルフ。

明るく家庭的な空間を意識しているのかカーテンもラグも明るいオレンジベージュだけど、明るく家庭的とは正反対にわたしを迎えてくれるのはガラステーブルの上の二千円だけ。

ソファーにスクバを投げ出しとりあえずテレビをつける。ざっとザッピングするけど、どこかで誰かが殺されたとかどこかで何かが盗まれたとかどうでもいいニュースばっかりで、ちっとも面白い番組をやっていない。ブレザーのポケットを探ってケータイを取り出せば、メールが来てる。友だちがいないわたしにメールしてくるのはお母さんだけだ。

『今日も遅くなるので夕食は適当に食べておくように。甘いものばっかり食べ過ぎず、栄養のバランスに気を付けること。食事が済んだらお風呂とトイレの掃除、洗濯ものを取り込んで畳んでおいて。宿題も忘れずに』

 ふん、と鼻で笑ってしまう。栄養のバランスに気を付けろとか宿題も忘れずにとか、言うだけ言ってほんとは大して心配なんかしてないくせに。

お母さんはいつも当たり前のこととして掃除とか洗濯ものの取り込みとかを言いつける。普通のお母さんと違って正社員として外で忙しく働いてるんだから、それぐらいやるのは子どもとして当然の務めだ、家族は協力し合わなきゃいけないんだってのがお母さんの理屈。