だいたい、お母さんは「持家」のこのマンションがずいぶんお気に入りみたいだけど、わたしはそうでもない。むしろ前の家のほうが好きだった。前の家には友だちがいたから。希重がいたから。

 あの頃は毎日希重に会っていた。一心同体の双子の姉妹みたいにいつだって一緒にいた。いろんなことをして遊んだ。お姫さまごっことかお菓子屋さんごっことか女の子っぽいことから、虫取り網片手に雑木林の探検に出かけたり立ち入り禁止の屋上にこっそり入ったり、ちょっとアクティブな遊びまで。

うちのお母さんと希重のお母さんは仲が良くて、わたしはちょくちょく希重の家に預けられていた。そのお返しにって、動物園とか遊園地とかにうちのお母さんとわたしと希重の三人で出かけたこともある。

いつもはよく叱るお母さんも希重がいれば優しかったし、希重と歩いていると姉妹に間違えられるのも面白くて、アイスクリームを頬ばったりきゃあきゃあ言いながらゴーカートに乗ったり、今から思えば夢みたいなひと時だった。友だちと楽しく遊んだ思い出なんて、その頃にしかない。

 その希重が、あんなにもあっさりわたしを裏切るなんて。

 エリサとか明菜とか、わたしを直接いじめる人のことは別に何とも思わない。そりゃあ馬鹿だしくだらない人間だしもちろんちっとも好きじゃないしどっちかっていったら嫌い。とはいえ、すっごい嫌い、憎い、ってわけでもない。

彼女たちを憎もうとしてもお腹から力が抜けてしまい、こんなわたしじゃいじめられるのも仕方ないかって虚しい諦めだけが残る。でも、たしかに親友だったくせにあっさりわたしを裏切って、今いじめられてるわたしを遠くから少し悲しそうな顔で見ている希重のことは大嫌いだし、はっきりと憎い。

ところがわたしがいじめられていることも希重と友だちじゃなくなったことも希重が憎いことも知らないお母さんは、今でも玄関に赤ちゃんの頃のわたしや小学校の入学式の写真と混ぜて、昔遊園地で撮ったわたしと希重のツーショットを置いている。観覧車の中、顔をくっつけあってピースサインをするわたしと希重。満面の笑みはこのたった数年後二人が廊下ですれ違っても視線すら合わさないようになるなんて当然、知らない。