「牢屋……!!」

 河野の鈍重な目がかっと見開かれ、白い頬があっという間に青ざめていく。こんな幼稚園児レベルの嘘に簡単にひっかかって本気で怖がってるのが面白くて、お腹の底のゾクゾクが背中まで突き上げてきて背骨をさーっと撫でた。

「牢屋、嫌でしょ? 怖いでしょ?」
「嫌です嫌です嫌です!! 怖いです怖いです!!」
「じゃあ、わたしの言うとおりにしたほうがいいね。言うこと聞かなかったら、大人に言っちゃうよ。河野潤平くんは変態ですって。今すぐ牢屋に入れたほうがいいですよって」
「や、やめてくださいやめてください! ほんとになんでもします!!」
「じゃあ手始めに」

 立ち上がって腕を組んだ。震える瞳がおどおどとわたしを見上げる。気持ちいい。自分がいじめられてることもブサイクなこともお母さんに嫌われてることも、全部いっぺんに忘れられた。この瞬間だけ。

 わたしをいじめてた人はみんなこの景色を見てたのかな。いじめる者といじめられる者、いじめる者は上からいじめられる者を見下す。たしかに、いじめって気持ちいい。今まで自分がずっといじめられてきて、いじめなんてくだらないことをする人は馬鹿なんだって思ってたけど、こんなに気持ちいいことならやりたくなるのも仕方ない。

 優越感と言う名の快感にどっぷり浸り、わたしはにやりと河野を見下ろす。

「そこで三回回って、ワンって言ってよ」
「……え?」
「三回回って、ワンって言うの。犬みたく。あんたはこれからわたしの犬なんだから」
「犬……ワン……」
「早くしな!! 牢屋に入れられてもいいの!?」

 ろくすっぽ使わない喉なのにちゃんといじめっ子っぽい低く威圧感のある声が出る。もしかしたらわたしはいじめの才能があるのかもしれない。

 脅すと河野は青い顔のまま、もんどりうつような動きでその場で三回回って、わん!
と鳴いた。たったそれだけの動きで運動不足なんだろう、息が切れている。

 それ以来河野は本当にわたしの犬で、嫌がりながら泣きながら震えながらどんなことだってしてくれるようになった。