「あんた馬鹿なんじゃないの?」
「そ、そうです、馬鹿です。それは、よ、よく知っています」
「そうじゃなくてさ。希重が好きなら告白すりゃあいいじゃん」

 ま、そうしたところでまず間違いなくフラれるだろうけど。
 河野はまっすぐわたしを見ていた目をしゅんと床に落とし、ぼそぼそと暗い声を出した。

「そ、そんなの、だめです……むむ、無理です……」
「どうせフラれるし?」
「そうです。そ、それに、希重さんは、ぼくなんかと違って、ふふ、普通の人です。しかも、可愛いです。ぼくが好きって言ったって、めめ、迷惑に、決まってます」

 そりゃそうだ。下手をしたらこいつが障がい者であるが故、ひまわり組の先生とかがしゃしゃり出てくるかもしれない。あと、河野に告白されたことで希重がからかわれたりする可能性もある。まず間違いなくウワサにはなるだろうし。

 可哀想だががどうにも否定できないでいるわたしの前で、河野はぼそほそ続ける。

「だ、だから僕には、こ、こういうことしか……こうして、希重さんの持ち物を、ぎゅってすることしか、できないんです。それしか、だめなんです。希重さんが、好きだから……好きだけど……」

 なんて、床に転がった体操着を拾って胸の前でぎゅっとしてみせた。うわー気持ち悪い。目の前でそんなんされたらいじめられっ子のわたしだってドン引く。

 思わず顔をしかめたわたしが見えていないように、河野は希重の体操着を抱きしめたままぼろぼろ涙をこぼした。

「ご、ごめんなさい……悪いことだって、わ、わかってます……でも、許してください……だって、ぼくには、こういうことしか……お願いです、なんでも、します……」

 お願いです、なんでもします――そう繰り返す河野が気持ち悪いわ呆れるわで何も言えなくなっていると、ふいに瞳の裏で河野が化けた。

 惨めに泣く河野がバッタに代わる。手足をもぎ取られぴくぴくと痙攣し、だんだんとぴくぴくの間隔を縮め弱っていく。大粒の涙はバッタの体からにじみ出た体液に変換される。いつもとは逆だ。いつもなら目の前で死んでいく虫が惨殺される河野に変わるのに。いきいきとイメージが立ち上がるのと同時に閃きが瞬く。

 許してください、お願いです、なんでもします、だって。今なら本当に河野はわたしの言うことをなんでも聞いてしまうだろう。希重の体操着を手に入れるために。

 きっとこれは神様が万年いじめられっ子のわたしにくれた千載一遇のチャンスなんだ。

「あんた、わたしが見逃してあげるって言ったら、本当になんでもする?」
「み、見逃す……?」
「あー意味わかんないの? つまり、あれだよ。あんたが希重の体操着とか水着とか盗った犯人だって、誰にも言わないでおいてあげるってこと」
「は、はい! もちろんです!! ほんと、なんでも、します!!」

 河野が再び土下座の姿勢を取りぺこぺこと頭を下げた。誰かにこんなに一生懸命頭を下げられるのなんて初めてだ。気分がいい。床にこすりつける頭を上から踏みつけたい衝動に駆られ、お腹の底のほうがゾクゾクした。

「なんでもする?」
「はい!」
「絶対に? これからは絶対に、わたしに服従?」
「……ふく、じゅう……?」
「なんでも、わたしの言うとおりにするって意味」
「はい!! 言うとおりにします!!」