うちのクラスで可愛い子っていったら真っ先に周防エリサや市井風花の名前が挙がるだろうが、希重もエリサや風花みたく目立つタイプではないにしろ女の子っぽくて可愛い子だ。その希重の持ち物がちょくちょくなくなって、先生たちが盗難事件だと慌てていた。上履きに始まり、リコーダー、食べ終わった後のお弁当箱、スクール水着まで。

 いじめとは違う。希重はわたしみたくいじめられるタイプじゃないし人間関係でトラブルを抱えてもいなさそうだ。だいたいリコーダーとかスクール水着とか、チョイスが変態っぽい。

いじめだったら狙われるのは教科書とかノートとかでしばらくして死ねとかクズとか落書きされて返ってくるけれど、希重のリコーダーやスクール水着はロッカーや机から抜き取られたきり、いつまでも戻ってこない。これじゃあまるで、変態が希重のものをこっそり盗んで集めて匂いを嗅いだり変なとこにこすりつけて楽しんでるみたいじゃないの。

いや、まるで、じゃなくてきっとそうだってクラスでは囁かれてたし、男子の誰それが希重のことが好きらしいともなれば、じゃあそいつが犯人だいや俺ちげーしなんて騒ぎが起こる。

何かなくなる度机に突っ伏せて学級委員の上原さんとかに慰められ泣いている希重は女子たちの同情を買い、先生たちはさすがに生徒を疑うわけにもいかず校内に変質者が侵入したってことにして今まで以上に痴漢とか変質者とかに敏感になってた。

 そのちょっとした大事件の犯人が、痴漢でも変質者でもなく近江が好きなんだろーお前犯人なんだろーって冷やかされて顔を赤くしてた男子でもなく、こいつだったとは。先生たちは男子にいじめられる河野を庇ったりいじめた奴をこっぴどく叱ったりはしても

(わたしへのいじめは気付かないフリして放置なんだから、えらい差だ。やっぱり人権というやつが絡むと違う)まさか河野を疑うことはないし、身近で起こったスキャンダラスな事件をエンターティメントとして受け止め犯人当てをクイズみたいに楽しむ男子たちも、もしかしてこいつが、いやこいつも怪しいと疑心暗鬼に目を光らせる過剰に潔癖な思春期真っ盛りの女子たちも、河野はノーマークだったはず。

「盗んだの? あんたなの? はいかいいえかちゃんと答えて」

 今度は少し低いトーンで言うと、河野は一度びくっ! と背中を波打たせてから叫ぶような声を出した。

「は、はいいっっ!!」
「そんなにでかい声じゃなくてもいいんだけど。上履きは? リコーダーは? それもあんたなの?」
「はい……」
「お弁当箱もスクール水着も?」
「はい……」

 でかかった声がだんだん消え入りそうになり、ぐずぐずとすすり泣きが混じる。床にぽたぽた涙の粒を落としながら例のどもり声で河野が言う。

「ゆ、ゆゆ、許してください……ほ、ほんの……で、でき……なんだっけ。でき、なんとか、なんです」
「出来心って言いたいの?」
「そう! それです!!」

 泣いてたことを忘れたようにはっと顔を上げ、まっすぐこっちを見る。涙で汚れた顔が「出来心」って言葉を世紀の大発見みたいに口にしてる姿になんだか呆れてしまって、大きいため息が出た。こいつのしたことはもちろん悪いことだし、しかもおそろしく気持ち悪い変態行為なわけだけど、どうも責める気力が湧いてこない。