シチューの鍋をコンロから下ろし、入れ代わりにポテトサラダ用のじゃが芋を入れた鍋を火にかける。隣のコンロではゆで卵を作っている鍋がぶくぶく泡立っていて、黄身が偏らないようそっちもちゃんとかき混ぜなきゃいけない。忙しいあたしの後ろでさっきから未歩と真衣がかけずり回っていて、足音がドタドタうるさい。怒鳴るのも面倒くさくて無視してるけど。


 まだ中学二年生だから、コンビニの駐車場で友だちとダベりまくってつい帰りが遅くなって叱られたり、好きな男の子でも作って胸をときめかせてみたいのに、実際はじゃが芋を茹でたり卵をかき混ぜたり、やってることがまるで主婦だ。こんなこと上手くたって、なんにもならないのに。あたしが欲しいのは妹たちの面倒を見たり家のことをしなくてもいい環境、自分のことだけ考えられる生活だ。


 だから早く家を出たい。そりゃあ今すぐってのは無理だけど、高校卒業したら一人暮らしして、バイトで生活費を稼ぎながら大学に通って……でも親に反対されるかな。だいたい、子どもを一人暮らしさせる余裕なんてうちにあるんだろうか。どちらにしろそんなの、ものすごい先のことだ。


今十四だから、高校卒業まであと四年。大人にしてみればたった四年かもしれないけれど、子どもにとっての四年は一生と同じくらい、長い。つまり一生、こんな生活が続くってことか。コンロを離れてサラダ用のトマトを切りながら将来を思い、くらーい気持ちになっているところに、未歩がトレーナーの裾を引っ張ってくる。


「おねぇちゃあん、真衣が未歩のワンピース、とったぁ」


 自分で立ち向かうことを知らない、他人に縋ればなんとかなると思ってる、甘ったれた声。いじめられるたんびに、あたしや他のクラスメイトをじとっと見つめる文乃の姿とダブって、どちらにもイライラする。


無視してたらおねぇちゃあん、おねぇちゃあんと床が割れそうなほど足をドンドンやるので仕方なく振り向くと、今にも泣きそうな顔であたしを見上げる未歩と、リビングで人形遊びをしている真衣が視界に入る。あたしも小さい頃持っていた、服を着せたウサギとかクマとかの人形に、ドールハウスの中で料理や洗濯をさせて遊ぶおもちゃだ。


「ワンピースってどのワンピースよ」


「ミィちゃんの」


 ミィちゃん、とは未歩がウサギの人形につけた名前だ。未歩はミィちゃんを自分の妹よりずっと、本当のウサギみたいに可愛がっている。


「なんだ、あんたのじゃなくて人形の? それぐらいいいじゃない、真衣に貸してやれば」


「よくないよ」


「第一、小三にもなって人形遊びなんかしてんじゃないわよ。まだそんなもので遊んでるのって、学校で笑われるよ」


「いいよ、笑われても。未歩は好きなんだもん」


 そんなやり取りをしているあたしたちのすぐ傍で、真衣は自分のクマの人形にワンピースを着せようとしている。クマの人形はウサギよりちょっと身体が大きいから、ワンピースがなかなか入らない。入らないものを無理やり押し込もうとする、乱暴な真衣の手つきに未歩はハラハラしていた。