その道を歩き始めて二分ほど。伸び放題に伸びまくった木々が途切れて開けた場所に出る。正面に現れる廃墟。四角い建物の壁はあちこちひび割れ不良たちがスプレーで描いたラクガキだらけで、『ホテル パステル』って元はきれいだったはずの看板も字が消えかけてる。

何より周りにゴミが多すぎ、完全に不法投棄地帯。空き缶やタバコの吸い殻だけならまだしも、錆だらけの自転車にディスプレイが割れたテレビ、使用済みのコンドームまで。でも建物には一階から四階まで等間隔に板で塞がれた出窓がついてるし、何色かのレンガを組み合わせた屋根はひどく古びてはいてもなんとなくおしゃれっぽくて、この廃墟がラブホテルとして機能していた昔を偲ばせる。

 変なゴミ(使用済みのコンドームとか)をうっかり踏まないよう足元に気を付けながら中に入る。あちこち割られた部屋を選ぶパネル、お化けがいらっしゃいませと声をかけてきそうなフロント、壁紙が剥がされてむき出しのコンクリートがラクガキで汚された壁。そんなものたちの向こう、一階の一番奥の部屋がいつもの場所だ。床に散乱したゴミたちが放つ饐えた空気の中、たしかに人の気配を感じる。

 ちゃんとわたしより先に来ているみたいだ。そこだけは合格。もちろん褒めてなんかやんないけど。

 部屋に入ると河野は床に正座して俯いている。その肩はこれから自分に降りかかるであろう痛みと恐怖のせいで小刻みに震えていた。スプリングがはみ出したベッドの端に足を組んで座って河野と向き合えば、わたしは違うわたしになれる。

 河野の前でだけわたしは万年いじめられっ子のブス女じゃなくなる。

「なんで服着てんだよ」

 しゃべるのが苦手なはずのわたしは、河野の前では自然と低い威圧感のこもった声を出すことができる。こんなふうに他人と向き合うことは他ではきっと、一生ないんだろう。

「きょ、今日はその……さ、寒いので」

 河野の声が震えてるのは寒いからだけじゃない、こいつはちゃんと話ができない、言葉をうまく繋げられない病気なのだ。しゃべり方と同じで頭の中の回路も普通の人のように機能しない。いわゆる知的障がい者とかいうやつ。

 生まれ持った障害のせいで河野は学校中からバカにされからかわれいじめられている。

女子たちはあくまで無視を決め込んで近づかず、時折薄笑いを浮かべては傍からは奇妙にしか見えない河野の言動行動を話題にするぐらいだけど、男子たちなんて河野に友だちのフリして近づいては猿だの犬だの口をふくらませてハリセンボンだのの物まねをやらせたり、放送禁止用語を覚えさせて昼休みの廊下でま○こー、って叫ばせたりしてる。九官鳥ごっこ、なんだそうだ。

 河野と同じ中学に上がったことで、わたしは自分よりも徹底的ないじめられっ子がこの世にいるんだと知った。そっか、障がい者って普通の人の一段下のポジションで守られ大事にされ優しくされ、そしていじめられる人たちなんだ、と。