『あんたが悪いんじゃん』『トボけないでよ』『あたしが栄嗣から嫌われるように仕向けたくせに』……あの日エリサが何を言おうとしてたのか今考えてもわからないけど、ほんとにナイフでも持っていたような顔で『死ね』を突きつけられて、久しぶりに恐怖を覚えた。『死ね』なんて言われ慣れてる、でも本物の殺意を込めてそう言われたのはきっと初めてだ。

 いつのまにか後頭部を突く視線が消えている。振り返るとエリサの席が空になっている。わかりやすく無視される屈辱に耐えきれずついに教室を出て行ったらしい。明菜たちもまもなくエリサがいなくなったことに気付いて、やがて口々に元女王様への悪口が飛び出す。

「今から思うとさーあんな子もてはやしてたうちらって何なんだろうね? 顔がかわいいだけで性格悪すぎじゃん」
「明菜もそう思う? 性格悪いってレベルじゃないっしょ、最悪だよ。なんてったってウンコ女だし」
「ウンコ女って。ウケる! 桃子って時々すげー毒舌だよな」

 増岡ほどじゃないし、と桃子が肘で学ランの腕を小突く。どうもこの子は男子を叩くのが好きらしい。しかしウンコ女とは。ついつられて笑ってしまう。

「知ってる? エリサ、中沢と別れたんだってさ。まぁ当然だよな、彼女がウンコ女じゃ。俺だって無理」

 コマこと小松崎が言って、女子たちは初耳だったのかマジーきゃーうそーと悲鳴に近い声をあげ、嬉しそうだ。恋愛スキャンダルはエリサの悪口を言いたくてしょうがない彼女たちの格好の餌になる。

「えーじゃあそれはエリサがフラれたってこと?」
「和紗、わかったこと聞くなよ。決まってんじゃん。お前も鈴木先輩に捨てられないようになー」
「わたしはウンコ女じゃないもん」

 和紗がむくれて言って、小松崎がそりゃ失礼しましたと額に手をやっておどける。ついでに山吹に「反省猿」のポーズまでやらされていた。明菜たちが嬉しそうに黄色い笑い声を立てる。