「あんたに嫌とかいう権利ないから」

 ドアを開けて中に突き飛ばすと、文乃はデブのくせに想像以上にヤワくて、バランスを失って湿った床に倒れた。起き上がって逃げ出そうとするのでもう一度思いっきりビンタする。ニキビだらけの赤い頬がもっと赤くなり、途方に暮れた顔で頬を押さえる。こっちの手だって相当痛いはずなのに興奮のせいか痛みをまったく感じなかった。

 携帯を取り出して片手でメールを打ち、明菜たち四人に一斉送信する。その間文乃は二回逃げ出そうとしたので二回お腹を蹴ってやった。その度にうぐぐっと踏まれたカエルみたいな汚らしい悲鳴が上がる。

メールを打ち終わって携帯をブレザーのポケットに入れたその瞬間、お腹の痛みをこらえていた文乃がぱっと起き上がり素早くトイレの入り口目指して駆け出す。初めて、こいつが必死になっているところを見た。髪の毛を掴んで引き寄せるとぎゃああ、と今日聞いた中で一番派手な悲鳴がした。火花はより熱く、大きくなる。

「逃げようとしたって無駄なんだよ」

 壁に文乃の太った体を押し付け、膝蹴りをお腹にくらわす。一回、二回、三回。ごぼごぼと苦しそうに咽せながら、文乃は弱弱しい声を出す。

「どうして。なんでこんなこと、するの」
「なんで? あんたが悪いんじゃん」
「わたしが何を……」
「トボけないでよ。あたしが栄嗣から嫌われるように仕向けたくせに」
「は、何言って」
「あんたの存在自体がウザいんだよ。マジ、今すぐ死ね」

 死ね、なんてあたしたちは日常的に使う。親に文句を言われてたまらなくウザい時、明菜や増岡たちと笑い合ってる時。特に増岡なんて毒舌だから一日三回はケラケラ笑いながら死ねって言い放つ。でも本物の感情がこもった「死ね」をあたしは初めて使ったし、文乃も初めて使われたんだろう、暗い目を見開いて赤い頬を青ざめさせた。

 首を掴んでいた手を離すと太った体が弱弱しくタイルに崩れ落ちる。芋虫みたいにうねうね動き攻撃を交わそうとする体を所構わず蹴りつけた。お腹も胸も顔も。女の子の顔に傷を作るのは相当ヤバいらしいけど、こんなブス一生男から女として見てもらえないだろうし彼氏が出来ることも結婚することもないはずだから、構わない。

 夢中で蹴っていると背後でドアが開いた。明菜たちの見慣れた顔が四つ。みんな驚いた顔をしていた。息をすることも忘れてしまったような沈黙が広がるトイレの中、はぁはぁと苦しそうな文乃の息遣いだけがある。