校門の前でみんなと別れクレープ屋と反対方向に歩き出す。やりきれない気持ちが胸の真ん中でぐるぐるしていた。なんであたしばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。


麻奈みたいに金持ちの家だったら、睦みたいに家のことを何もしなくていい環境だったら、風花みたいに一人っ子だったら、美晴みたいに上に末っ子で可愛がられてたら……


料理だの掃除だのが出来る「すごい」中学生になんてなりたくない。家族のために楽しいことが後回しだなんて、最悪だ。あたしは自分のことだけ考えていたい。


 クサりきった気分でさっさか足を動かし、二分ぐらいすると右手に雑木林が現れる。左手は農家で、シーズンオフの寂しげな畑が乾いた土を冷えた空気に晒していた。雑木林を抱くようにして小高い山があって、夕闇の中にもっこりとお椀型のシルエットが浮かび上がっている。どこかでカラスが鳴いていた。咳をするみたいな頼りない音で犬の声もした。


あたしの住む町は東京の郊外にあってまずまずの都会だけど、学校の周りには田んぼとか畑とか雑木林とか、なかなか自然が残っていて、田舎臭い。そして田舎臭い道は人も車もほとんど通らないし外灯も少ないし、秋の夕方に歩くとちょっと気味が悪い。既に日はとっぷり暮れて、スニーカーのつま先は輪郭がぼやけていた。


そういえば二週間ぐらい前、この近くで痴漢騒ぎがあったっけ。まさか胸も色気もない、ちっとも可愛くないあたしをわざわざ狙う痴漢がいるとも思えないけれど、冷たい恐怖が背骨を伝う。悔しさも不満も一瞬、忘れた。早くここを通り過ぎてしまい一心で、足を速める。


雑木林の中に動く影を見つけて心臓が引きつった。止まっちゃいけないのに、さっさと立ち去るべきなのに、驚きと圧倒的な恐怖とちょっとの好奇心が足を止める。人影はふたつ。


ひとつはまぁまぁ背が高くて頭がくるんと丸くて、もうひとつの影は少し背が低くて横幅があって、スカートを履いている。影の正体が女の人かもしれないと気付いてやや安心した時、背の高いほうの影がよろめいて、あっと声を上げた。別の声が夕闇を切り裂く。


「何やってんのよ!」


 口調はきついけど、子どもっぽい。たぶん声の主はあたしと同い年ぐらい。背の高い影が体勢を立て直し、おずおずと頭を下げた。


「ご、ごご、ごめんなさい。ふ、文乃さん」


 今度ははっきりと、誰の声かわかった。時々廊下で聞く奇声と同じトーン。それにこのどもり方。河野潤平しかいない。その河野がはっきりと「文乃さん」と口にしたことで、あたしの脳みそは引っくり返りそうになった。


 文乃がふー、とため息をつく。