「昨日買えなかった、梅をね」
『買うんか、手伝おっか?』
先に言うなよ。
甘えづらくなるじゃないか。
「…やっぱ、いいや」
『どうしたんやし、僕なら暇やって、一度家帰って、あっちゃんが帰る頃、また出るわ』
「新聞、読んだ?」
林太郎は一瞬間を置いて、うん、と言った。
向こうはまだ学校らしく、うしろで人の声がする。
『全部できんかったんかな』
「おじさん、どうしてるんだろ」
ほやなあ、と考えこむような声。
無事だといいね、と言おうとした時、誰かに肩を叩かれた。
振り返った先には、誰もいない。
「伸二さん?」
予想は外れ、返事はない。
気のせいではなかったと思うんだけど、と見回すと、視界の隅に、青いものが動いたのが見えた。
窓の外、商店の並びの裏通りを、人目を避けるように物陰から物陰へ移動する人影。
黒いキャップに、青いジャンパー。
(おじさん!)
携帯を切り、新聞を棚に戻して、コンビニを飛び出した。
通りを渡ろうと、車の波が途切れるのを、もどかしく待つ。
ぎりぎりと歯噛みしたい気分で足踏みしていると、すぐそばで、うかがうような声がした。
「江竜?」
「え?」
振り向けば、そこには懐かしい姿があった。
記憶よりだいぶ疲れた顔で、久しぶり、とそれでも微笑んでくれる。
「実咲先輩!」
「やっぱり江竜かあ、よかった、声かけてみて」
かつて憧れた先輩は、とんでもなくやつれて、別人に近い。
私は智弥子の話を思い出した。