「坊主、北陸か」
「お前に関係ねえげ、はよあっちゃんを離せや」
「ねえ、おじさん、私のこと覚えてませんか」
割りこんだ私に、ふたりがぽかんとした。
おじさんが無精ひげをなでながら、しげしげと私を見る。
「いや、実はさっきから、見覚えがあるとは思ってたんだが」
「ほら先週、駅で、水を」
一瞬、記憶を探るように宙を見つめたあと、ああ、と得心の声をあげた。
「あの時の姉ちゃんか」
「これ、ほどいてもらえませんか、何もしませんから」
「恩を仇で返して申し訳ないんだが、もう少しこうしててもらうぜ、人を呼ばれたりしたら、困るんだ」
「呼びませんし、ここにいますから、自由にさせてください」
おじさんは、少し考えただけで、確かに呼ばなそうだな、とうなずいて、あっさり私たちの拘束を解いた。
拍子抜けして、林太郎と目を見あわせてしまう。
「知りあいやの?」
「そこまででは」
時計を見たら、まだ7時半だった。
暗くなったばかりだったのか。
「母に、遅くなるって連絡してもいいですか」
「そりゃさすがに立場ってもんを忘れすぎじゃねえか」
顔をしかめられて、それもそうだと携帯をひっこめた。
だって、どうしたって悪い人には見えないのだ、このおじさん。
「ここ、あこやろ、廃線になった操車場の、丸い建屋やろ、よう知ってたの」
「俺も、このあたりで育ったんだ、ごく一時期だが」
まだ水滴をたらしている顔を、シャツの袖でぬぐいながら、林太郎がきょろきょろする。
確かに、特徴的な円筒形の建物であることが中からもわかる。