パニックになりかけた。

いつからいなかった?

帰ってきた時、私は林太郎のことで頭がいっぱいで、まっすぐ自分の部屋に入って、それきりだった。

もしかしたら、その前からいなかった?


でも、どこへ。

母はもう、だいぶ前から、完全に正気を保っている時間なんて、一日のうちほとんどない。

こんな夜中にひとりで外に出たことも、私の知る限りでは、ない。


靴箱に置いてある現金が消えていた。

母がお金を持たずに人に迷惑をかけるくらいなら、自由にさせておいたほうがいいと、あえて置いておいたものだ。


無駄だとわかってたけれど、玄関を開けて外に出た。

土の上にアスファルトを盛っただけの、細い道路は、すぐ先で闇に消えている。

母がどっちへ行ったかなんて、わかるわけがない。


蒸し暑い、夏の夜だっていうのに。

身体の底から、寒気が駆けあがってきた。





「林太郎、林太郎! いる!?」



このあたりで、鍵をかける家なんてない。

それはこの立派なお屋敷でも同じで、私は足をもつれさせながら玄関に駆けこんだ。

お手伝いさんは離れに帰ってしまったらしく、すぐに林太郎自身の足音が二階から聞こえる。

慌ただしく階段を駆けおりてきてくれた姿が、なんでかすごく嬉しくて、その場に崩れそうになった。



「あっちゃん? なんやの、こんな時間に」



お風呂に入ったらしく、湿った髪の林太郎が、たたきに降りてきて、ぎょっと目を見開く。



「泣いてるんか、どうしたんや」

「ねえうちのお母さん見なかった? いないの、いつからいないのかもわからなくて、あんなんで外なんて出て、どうしよう」

「え、おばさん? のぉあっちゃん、落ち着いてや」

「どうしよう、何かあったら。もしもうあって、私がそれ知らないだけだったら、どうしよう」