「ちょっと、変なとこ傷つけないでよ」

「言われたとおりやってるが」



台所に、梅の実の爽やかな匂いが充満していた。

ところどころ、ほんのり紅く色づいた黄色い梅を、ホワイトリカーを染ませた布で拭き、竹串でヘタをとる。

この時、誤って皮を傷つけると、漬けている最中に破けてしまい、完璧な梅干しにならない。


山ほどある梅を、拭いては、とる。

拭いては、とる。



「もうっ、ヘタだな、貸して」

「ほんなつまらんシャレ、がっかりやし」

「シャレじゃない!」



パカンと林太郎の頭を叩いて、竹串をとりあげた。

我が家では、梅干しと梅酒を、隔年で交互につくる。

今年は梅酒の年だったんだけど、母が誘惑されて苦しまないよう、梅干しに変更した。


その母は今朝、病院から猪上さんの車に乗せられて帰ってきた。

自分のしてしまったことがショックらしく、泣き腫らした顔ですぐ寝室に引っこんでしまい。

様子を見に来た林太郎を引っ張りあげたところ、話し声に誘われて、ようやく姿を見せた。


椅子に腰かけて、私たちを眺めて微笑んでいる。

その瞳が何かを憂えているようにも見えるのは、勘ぐりすぎだろうか。



「林ちゃんは、ママにそっくりね」



背もたれに頬杖をついて、惚れ惚れしたような調子でお母さんが言った。

林太郎は、ゴルフボールみたいな梅をせっせと磨きながら、ほうかの、と照れくさげにはにかむ。



「ユッコさんは、ほんとに感じがよくて美人だものね、林ちゃんも綺麗になるね」

「せっかくなら、男らしいって言われたいのお」



母と、10ほど歳上の林太郎のお母さんは大の仲よしだった。

今でも、時節の挨拶は必ず葉書で来る。

考えてみたら、そのふたりの関係って、かなり微妙だ。