翌朝目を覚ますと、世界はきらきらと輝き、かけがえのない宝物のように見えた。
なんてことはなかった。
別に私の感覚が鈍いとか、死への恐怖が薄いとかいうわけではなく、かといってハートの強さを自慢したいわけでもない。
単に眠れなくて、ゆえに目を覚ましもしなかっただけだ。
ひと晩中、携帯を充電ケーブルに繋いでサンクスノベルズを読んでいた。
昨日はカキコがなく、小説も更新されなかったので、これまで書かれたぶんをくり返し、くり返し。
――トワは唐突に生まれた。
これがノベルズの冒頭だ。
この他にトワに関する説明らしい説明はいっさいなく、ただ彼は“ありがとう”という言葉に対してだけ反応する自分に気づく。
トワが最初に出会う“ありがとう”は、怪我でサッカーチームから離脱した男の子がつぶやく言葉だ。
病院のベッドに届けられた、自分の背番号入りの新ユニフォームを抱きしめて。
見捨てないでくれてありがとう。
信じてくれてありがとう。
その瑞々しい感謝の心はいかにも男の子という感じで、私が管理人を“彼”と呼ぶのも、そのためだった。
一番最初に書かれたこのエピソードは、管理人自身の記憶なんじゃないかと思ったからだ。
その後、数日を経て、掲示板にはいくつかのエピソードが書きこまれる。
こんな離れ小島になぜ、と思い検索してみたところ、管理人はそこそこいろんなところに、カキコを促す投稿をしていた。
と言っても「トワは“ありがとう”を探しに旅立った」という謎めいた一文と、掲示板へのリンクだけだ。
勘のいい人たちが書きこみはじめ、じわじわとエピソードは集まっていった。
それを管理人は少しずつ肉づけしたり脚色したりしながら、小説にしていった。
「新ぁ、変なもん教えないでよ、徹夜しかけたじゃん」
「ハマるでしょ」
登校するなり智弥子が眠たげな声で迎えてくれた。
その顔は確かに寝不足らしく、メイクでも隠しきれないクマがくっきり目の下に見える。