死にたい
死にたい
そんなことばかり
考えている
シニタイウイルスに感染して
シニタイ症候群に罹ったみたいに
とにかくあたしは
死にたかった
理由は特にない
いや、『理由』はある
『原因』がない
あたしには
死にたくなるような『原因』がない
はたから見ても
自分でも
死にたくなるような『原因』がない
それが
あたしの
死にたい『理由』
あたしは
ひどく普通だ
本当に
ひどく普通だ
ひどく
父は無口だけれど優しく穏やかで
母は厳しいけれど明るく朗らかで
妹は大人しいけれど素直で可愛くて
あたしは優等生だけれど真面目すぎなくて
祖父母は孫を溺愛していて
父はそれなりの大手企業に勤めていて
うちは裕福ではないけれど
貧乏でもなくて
母はひまつぶし程度のパートをしていて
妹は当たり障りなく日々を過ごしていて
あたしは勉強と部活と遊びの両立に忙しくて
祖父母は孫の習い事の送り迎えをしてくれて
つまり
あたしの家は
ごく普通だ
木曜10時のホームドラマみたいに
日曜6時のアニメみたいに
普通の家だ
普通すぎるくらいに
普通であるということが
どれほどの苦しみであるのか
知っている人はどれくらいだろう
それなりに努力すれば
それなりの成績がとれて
運動も苦手ではなくて
見た目も悪くはなくて
通知表には必ず
明朗快活
正義感がある
社交性がある
などと書かれて
いじめられたこともなく
いじめたこともなく
まわりにもいじめはなくて
友達は苦労しなくてもできて
休み時間には人が集まってきて
友人関係は良好で
ときどき男の子から告白されて
付き合って
映画を観に行ったり
ボーリングをしたり
これといった理由も波乱もなく
なんとなく自然消滅して
そう、つまり
あたしは恵まれているのだ
『普通』に恵まれているのだ
私が何一つ望まなくても
私のまわりには
問題など何一つ起こらない
普通
吐きたくなるほど
普通に生きるあたし
自分の部屋で
先生に言われた通りに
予習や復習をしているとき
みんなとおんなじ服装で
当たり障りのない髪型で
みんなと肩を並べて
従順に授業を受けているとき
不良箇所のチェックを受ける
ベルトコンベヤー上の大量生産品のように
体育館で一列に並ばされて
スカート丈をチェックされているとき
ふと
あたしは死にたくなる
あたしはこんなんじゃない、と
叫びたくなる
あたしはこんなふうに
まわりに埋もれるべき人間じゃない、と
どうしようもなく苦しくて
泥水に包まれてしまったように
息苦しくてたまらなくて
死にたくなる
閉塞感
等身大の人形の中に
無理やり閉じ込められて
身動きひとつできないまま
ただ時の過ぎるのを待つしかない
どうしようもない閉塞感
出たいけど出られない
動きたいけど動けない
空気が欲しいのに呼吸ができない
一人きりの部屋で
机の前に座って
右手にもったカッターナイフの刃を
きりきりと繰り出して
左手の手首をじっと見つめる
刃をそっと当ててみる
ちっとも動かない右手
くだらない
だって、知っている
こんなんじゃ死ねない
死に損なった自殺志願者ほど
みっともない生き物はない
そんな自分は見られたくない
死ぬなら
きっぱりすっきり死にたい
13階のベランダに出て
身を乗り出して
下の駐車場をじっと見つめる
ちっとも動かない身体
くだらない
だって、知っている
飛び降りたあと
どれだけ醜い肉塊になりはてるか
そんなみっともない姿は
誰にも見られたくない
くだらない
あたしは
本当にくだらない人間だ
くだらない
くだらない
くだらない
あたしはくだらない人間だ
死にたい死にたいと言いながら
いびつな自尊心が邪魔をして
何ひとつ行動なんて起こせない
たわむれに「振り」をしてみるだけ
くだらない
くだらない普通の人間だ
吐き気がするほど
プライドばかり高くて
自分は平凡な他のやつらとはちがうと
根拠もなく確信していて
そのプライドに振り回されて
死にたくなって
でもみっともない死にかたは
絶対にしなくなくて
生きているのに嫌気が差したと
うそぶきながら
死ぬことさえできない
結局
普通の人間だ
どんなに自分の特異性を信じても
それは自分の中だけのこと
外から見えるあたしは
『その他大勢』でしかない
いやだ
苦しい
死にたい