「………レイラ」



私の鼓膜を震わせる囁き。


ルイが呼ぶ私の名前は、ひどく優しい響きをもっている。



「俺、修論書き終わったよ。大学院、来月には卒業できる」


「そうなの? おめでとう。お疲れさま」


「うん………あのさ、レイラ」


「ん?」



ルイは私の肩をつかんで、すこし身体を離すと、正面から見つめてきた。



「就職もちゃんと決まったし」


「うん。ほんと良かったよね。ルイ、就活がんばってたし」



ルイははにかんだように微笑んだ。



「俺、もう大人だよね?」



私は噴き出したくなるのを我慢して頷く。


ルイは満足げな表情を浮かべて、私の肩から手を離した。


そして、コートのポケットに手を入れる。



なにごとかと思って見ていると、ポケットから出てきたルイの手に、紺色の小箱が握られていた。



「今日、2年目の記念日だから、ちょうどいいタイミングかなと思って」



ルイはそう言って小箱を私の顔の前に差し出した。


その蓋を開くと―――。



「………指輪」



思わず口に出してしまった。


予想もしていなかったので、口に出すことで目の前の現実を受け入れようとしたのだ。



ルイがくすりと笑って、「大正解」と言った。