「ストーカーから、どうか私を助けてください」
そのヒカリの言葉にうなずこうとした時、急に後ろの茂みがガサガサとすごい音をたてた。
「キャッ」
ヒカリの叫ぶ声。
萌絵はと言うと、すでに茂みに向かってファイティングポーズをしている。
「だ、だ、だ、誰ですかっ」
私がなんとか声を張りあげると同時に、
「バーカ、俺だよ」
涼が茂みをかきわけて出てきたが、目の前でつかみかかりそうになっている萌絵にギョッとして動きを止めた。
「あ、涼先輩~」
現金なもので萌絵は、すぐにくねくね体を揺らせて、いつものかわいらしい声で出迎える。
「……びっくりした」
まだ胸がハンパなく鼓動を早めている。
全然涼が後ろにいることに気づかなかった……。
「未希、こういう話をするときはな、ベンチとかはまずい。後ろにこうやって隠れてると話は全部つつ抜けになるからな」
腕を組んでお説教タイムがはじまろうとしている。
「うん……」
「ま、今後気をつけるように。あ、俺、澤木涼。よろしくな。涼って呼んでくれればいいから」
後半の言葉は、呆然としているヒカリに対して。
ほんっと、上級生にさえこういう話し方なんだなぁ。
キョロキョロと私と萌絵を見ているヒカリに、
「うちの部の部長です」
と、紹介するとようやく気が抜けたようにベンチに座った。
その隣に涼がスッと腰かけ、その隣には萌絵が。
……私は立ってろ、ってことか。
「正式に依頼いただいてありがとう。じゃあ、さっそく話聞かせてもらおうか」
マジシャンのような早業で、涼はペンとメモ帳をかまえている。
すっかりペースを狂わされたヒカリは、
「あ、うん」
と、言ってカバンからなにやら取り出した。
それはピンクのカバーがついたスマホ。
画面を操作しながら、メール画面を呼び出すと涼に渡した。
「そこの『フォルダ3』ってとこのメールを順番に読んでもらえるかな?」
見えないので私も涼の後ろ側にまわった。
「ええと、これか」
私にも見えるように涼が画面を少し左にずらしてくれた。
一瞬、やさしさに胸のあたりが暖かく感じた。
違う。
隣の萌絵にも見えるようにか……。
画面には同じ差出人からのメールが並んでいる。
アドレス帳への登録名は『?』となっていたが、名前を知らないからなのかな。
メールは、4月9日からはじまっていた。
涼が日付をクリックすると、画面が切り替わって本文が表示された。
【day:04/09 PM7:25
sub:相馬ヒカリ様
はじめまして。
こうしてメールを出すのははじめてになります。
イタズラメールだと思わないでほしい。
だって、このメールを送るのに僕はもう何時間も迷っているのだから。
ヒカリ様のファンであることを伝えたくて、こうしてメールをしました。
またメールさせてもらいます。
新学期もがんばってください。】
「これって……」
画面から目を離せない私に、ヒカリの声が届く。
「これが最初のメール。……気持ち悪いでしょう?」
「返事はしたのか?」
涼の声に「してない」と、短く答えるヒカリ。
「そっか」
涼が指先で次のメールへと画面を切り替えた。
【day:04/16 PM8:13
sub:相馬ヒカリさん
先日のメール読んでいただけたかと思います。
返事がなくてさみしかったのですが、可愛いあなたのことです。
きっと照れてしまったのでしょうね。
あれ以来、僕は君を見るたびに高鳴る胸の鼓動をおさえるのに必死です。
でも不思議なくらいすがすがしい気持ちなのです。
この気持ちを例えるなら、まるで山奥で森林浴をしているような、とでも言いましょうか。
ヒカリさんも同じように感じてくれているとうれしいです。】
【day:04/23 PM7:59
Sub:おやすみなさい
今日の部活動では、どんなものを作ったのかな?
料理倶楽部なんて、本当にヒカリさんは女性らしい方ですね。
僕も一応スポーツ部に所属しているんですが、グラウンドにいるといつも、調理室から漂ってくる香りを感じます。
またいつか、ヒカリさんが作った料理を食べてみたいな。
それではおやすみなさい。】
そこからしばらくは、同じようなたわいもないようなメールが続いていた。
「なんか気持ち悪いヤツ」
萌絵が苦虫をつぶしたような顔している。
「こういうメールが数日おきに届いたの」
「誰かに相談は?」
涼が右に顔をやったので、私も同じようにヒカリを見ると黙って首をふった。
「なんていうか、返事さえしなければいいのかな、って。それに……こういうメールもらうのはじめてだったから、『誰かが見ててくれる』っていううれしさもあったし……」
「それなんかわかります」
そう私が言うと、チラッと涼がこっちを見てからまた画面に視線を落とした。