……えーっと? これはつまりその、無視か、無視なのか?

さすがに私の声が聞こえていないということは無いだろう。ここまで徹底的に無視されたのは初めてだ。

どうしよう。帰ろうか。いや、でも、これだけ声をかけておいて帰る勇気はない。


「あ、あの、すみません!」


ぎゅっと手を握って、もう一度声をかける。

美青年の肩はまたぴくりと反応した。


「私そこの教室に用があって、ちょっと通りたいんですけど!」


自然と大きくなった自分の声が廊下に響く。捲し立てるように言って、美青年の出方を窺う。

私が口を噤んだことによって、またシンと静まり返った五号館の二階。

耳元で大きく脈打つ音が聞こえる。全身が心臓になったみたいだ。

この音が目の前の美青年にまで聞こえていそうで、余計に緊張する。背中に一筋の汗が流れるのを感じた。


仁王立ちしたまま、じっと美青年を見つめていれば、不意に揺れた彼の髪。

色素の薄い髪がサラッと空気中の光を弾く。


それに見とれた次の瞬間、私の視界はガラリと色を変えた。





「……わっ!」


ガッ、と全身に走った衝撃。視界いっぱいに広がる美青年。

私の両肩を掴む力は、儚げな美青年からは想像できないほど強い。


「え、ちょっと、あの……っ」


長く伸ばした前髪で隠れている私の目を覗き込むように、美青年は顔を近付けてくる。

色素の薄い髪と同じ色をした瞳は、とても澄んだ色をしていた。

しかしその色に見とれている暇はない。彼のその瞳に込められていた強い感情――困惑と怒りに、私は思わず息を呑んだ。