「うわ、くっさ!」



鼻腔を通っていった汗と泥の匂い。

思わず両腕を伸ばしてかごと距離をとり、顔を背けた。


これか! 不機嫌の原因はこの匂いか!

今なら不機嫌になったその気持ちがとてもよく分かる。

同情しつつも顔をしかめながら隣に立つ美青年を見上げると。



「……へ」



私を見下ろしていた真央くんが、フン、と鼻で笑ったような気がした。


「え、わ、わら……」

「あおいいいいいい! 撤収だ撤収!」


笑った、と。

驚いていれば、聞こえてきた大きな声。

顔を向けると日向先輩が紫苑先輩をずるずると引きずりながら、大股でこっちに向かって来ていた。


「あ、撤収、えと、はい」


どうしてそんなに必死なんだろう、と思って首を傾げれば紫苑先輩が可笑しそうに笑う。


「葵ちゃん、素直すぎるわ」

「へ」

「汗臭さは努力の結晶だっつーの! ほら次行くぞ!」


そう言われて気付く。

たらり、と背中に汗が流れるのを感じながら、ゆっくり目を動かすと、心なしか元気を失ったように自分の服の匂いを嗅いで部長さんが項垂れていた。


「うわわわわ、ごめ、ごめんなさい! 全然大丈夫です無臭です無臭!」

「気を遣わせてごめんな新入りちゃん……」

「い、いや、あの!」

「そんだけ大きい声出るならもっと出せよなー。ほら行くぞ、こんにちは洗濯部でーす!」


日向先輩に引っ張られてラグビー部を後にする。

ちゃんと謝れていないのに、と思いながらかごを抱え直すと、また強烈な匂いが鼻を刺激してきて、思わず顔をきゅーっとしかめた。

そんな私を見て、サングラスをかけ直した紫苑先輩はくすくすと肩を揺らし、真央くんは素知らぬ顔で最後尾を歩いていた。