たった数時間で彼女と彼女の生み出す音色に魅了された真央は、そのあともたびたび彼女が自主練習する様子を見ていた。
何度かコンクールの会場に足を運んだこともある。
完全なるファン。一歩間違えればストーカー。それが、不器用な彼の密かな初恋だった。
そして中学三年の夏。
あるコンクールで、彼女はソロで吹くところを失敗した。
ひどく動揺していることが客席からでもすぐに分かった。
辞めないでほしかった。せっかく綺麗な音色が作り出せるのに、辞めてしまうのはもったいないと思った。
何とかして彼女を引き留めたくて、でも声を持たない自分にできることは限られていて。
手紙をしたためるのも気が引けた。どうせ、辞めないで、としか書けないのだから意味がない。
それならまだ絵のほうがマシかと思った。唯一の特技を、ここで生かそうと思った。
スケッチブックに、彼女の一番好きな姿を描いた。何度も何度も描き直して、細部まで描きこんで、ようやく満足のいった一枚に色を乗せた。
直接渡すような勇気もなくて、下駄箱に入れておいた。
しかしそれも結局、彼女の心に響かずに終わったのだけれど。