『ごめんなさい、私よく前を見てなくて!』
いや、こちらこそ前を見てなくてごめん。普通の中学生なら、こんなふうに話をするのだろうか。
この学校の生徒と関わるという想定外の事態に、彼は何となくそんなことを思いながら床に散らばった書類を拾い集める。
相手の女子生徒も、まるで拾うのが当たり前とでもいうようにしゃがみ込み、それを手伝ってくれた。
『はい、これで全部かな。職員室に出しに行くの?』
女子中学生ってこんな感じなんだな。彼は目の前に立つ女子生徒をまじまじと観察して、そんなことを思う。
差し出された書類を受け取りながら、鈴の音みたいな声で問いかけられた質問に頷けば、彼女は何も話さない真央を不思議そうに見て思い立ったように声を上げた。
『あ! もしかして職員室分からない? あのね、この廊下をずーっと行って階段下りたところだよ』
この女子生徒はエスパーか何か使えるのだろうか。
真央の一番知りたかった情報を与えて、それじゃあ、と去って行ったその後ろ姿に、彼は思わず声を掛けた。
『……っ、……っ!』
ありがとう、と口を大きく動かした。
しかしそれが音になって空気を揺らすことはなかった。
ヒュウッと鋭い息が出ただけだった。
パタパタと廊下を走っていく女子生徒がこちらを振り向くことも、もちろんなかった。