「葵ちゃん?」


三階まで上ったところで、そのハスキーな声が聞こえた。

いつも優しくて安心させるように笑ってくれたその人が脳裏に浮かんで、反射的に顔を上げる。


「やっぱり。葵ちゃんだ」


久しぶり、と言いながらふわりと笑ったのは、見慣れない姿の紫苑先輩だった。

洗濯部を引退したときよりも、男子生徒用の制服がしっくりと馴染んでいるような気がする。

無造作に遊ばせた黒髪が、やっぱり今どきで格好いい。


「どうしたの、そんなに急いで、すごい濡れてるけど……って、あ! ヘアピン付けてくれてるんだ」


色白黒髪美人だった頃の口調は少しずつ抜けているらしく、オネエ感はだいぶ薄まっていた。


「し、紫苑先輩っ」

「はい。……どうしたの?」

「紫苑先輩、だ」

「ちょっとちょっと、どうしたの葵ちゃん」


うわっと泣いて、縋りついてしまいたかった。