それだけ告げて、私は部屋を飛び出した。
ちょうどケーキを持って上がってきていたお母さんと鉢合わせたけれど、構っていられなかった。
ちょっと葵、とお母さんの不思議そうな声が追いかけてくる。
でも私は振り向くこともせず、ローファーに足を突っ込んで、たった一枚の紙切れと傘だけ持って家を出た。
バシャバシャと水溜まりが音を立てる。
通り過ぎる人々が不思議そうに私を見ていたけれど、なりふり構わず、ただ紙を濡らさないようにだけ気を付けて走った。
他のものと一つだけ紙質の違うそれは、スケッチブックの一ページだった。
「っはあ、はあっ、……はあっ!」
途中から傘が邪魔になって、差すのをやめた。
紙は濡らさないように胸に抱いた。
「はあっ、はっ、はあ……っ!」
いつから彼は私のことを見てくれていたんだろう。
いつから彼は私のことを知っていてくれたんだろう。
私の背中を押してくれた彼は、あの場所からどうやって旅立っていくんだろう。