指が震えた。息が震えた。
小刻みに脈打つ心臓。今まで経験したことのない緊張に、動揺を隠し切れなかった。
さっきまで震わせていたはずの唇はすっかり水分を失っていた。自分のパートが休みのところで何度も何度も震わせて、カサつく唇を湿らせた。
楽譜は進んでいく。自分一人の意思だけでは止まってくれない。まるで列車のようだった。
指揮をとっていた先生と目が合った。すっと先生の左手が自分に向けられる。
立ち上がった。震える指をピストンに置いた。
出だしの音は、鳴らなかった。
え、と部員全員の声が聞こえたようだった。さっとみんなの視線が自分に集まったのを感じた。
どうにかしなくてはいけないと必死になればなるほど音は震えた。
気付いたときには葵の十六小節は終わっていた。
練習して練習して、叩き込んだはずの十六小節だった。
「真央くん、私ね、ちゃんと話せたよ」
淹れてもらったオレンジジュースを一口飲んでから、そういえば楽器を吹く前にジュース飲んだら顧問にこっぴどく怒られたな、と思い出す。
あとで歯磨きをしようと心に決めて、そんなことをしながらトランペットと向き合うことを少しでも後にしようとしている自分に気が付いて、苦笑いが漏れた。