心の中で思っていたことは、やっぱり少し恥ずかしくて言えなかった。代わりに素っ気ない言葉を贈る。


「おう!」


日向先輩はそう言って目尻に皺を作って笑う。

まあその笑顔を見ることができたからいいかな、なんて思う。


「真央くん、俺のこと格好よく描いといてくれな!」

「……」

「お願いだから無視はやめて!」


いつもと変わらないこのやりとり。真央くんは鬱陶しそうにスケッチブックから顔を上げて、日向先輩を見た。

紫苑先輩の似顔絵は完成したらしく、私の後ろの壁に貼られている。睫毛の一本一本まで繊細に描きこまれたその絵は、淡い絵の具でぼやっと色付けされていた。

その絵の隣にはぽっかりとスペースが空いている。真央くんはそこに日向先輩の似顔絵を飾ろうとしているんじゃないかなって、私は何となく思っていた。


「ほら、日向先輩、そろそろ行ったほうがいいんじゃないですか。もう陸上部の朝練始まってますよ」

「いや今日雨だし、別にもうちょっとここにいても」

「雨でも筋トレとかウエイトとかしてるじゃないですか」

「お前よく見てんな!」