「あ、あれ、村瀬さんですか?」
第四コーナーに村瀬の姿を見つけた葵がそう言って指を差す。日向は小さく頷きながら、震える自分の手をぎゅっと握った。
自分が任されていたアンカーを、陸上部の部長になった村瀬が走る。
ただでさえ部をまとめなくてはいけない大変な立場なのに、責任重大なその走順。
色んな想いを抱えているはずなのにそれを見せないようにして、さらに日向のことまで気にかけていたその男。
「……敵わないな」
「へ?」
「いや、何でもねーよ」
浅く笑って視線を第四コーナーに戻した。村瀬は自分のコースを一度走り、テイクオーバーゾーンの青いラインに立った。緊張をほぐすように軽くジャンプしながら、腕を回している。
頑張れよ、と心の中で応援した。
不意に村瀬が視線を上げる。日向の心の声が聞こえたかのようなタイミングの良さに、思わず笑みが零れる。
村瀬は誰かを探すようにスタンドを眺め――、日向の姿を捉えるとその顔はまず驚きを表し、次に喜びを表し、最後は集中するかのように目を閉じた。