「日向、聞こえてんの? あんたは本当に私と同じで朝弱いんだから」
「あーはいはい、聞こえてるって」
朝が弱い母も、日向が陸上をしていた頃の土日は、毎週のように早起きをして練習や記録会に送り出してくれていた。怪我をして辞めたいと言ったときには一発殴られたのも、今では思い出になっている。
部屋のドアを開け放たれて、仕方なく起き上がる。のそのそとベッドから這い出ると満足したように母は去って行った。
小学生の頃から、この地区ではかなり上位のスプリンターだった。
中学に上がって陸上部に入ると毎日放課後には練習があって、ちゃんとした顧問の先生がいた。ただ練習するだけではなく、週に一度は身体を休めることや礼儀を身に付けることを叩きこまれた。
個人競技ゆえ、他の部活に比べて上下関係は厳しくなかったけれど、練習方法を教えてもらうためには気に入られておくことが必要だった。
それに何より、自分は先輩たちと比べても脚が速いことは自覚していた。
一年生の頃からリレーメンバーに選ばれていたし、大会の予選で自分と同じ組になった先輩が嫌そうな顔をしていたことも知っていた。だからせめて、生意気な後輩だと思われないための努力をした。
誰よりも気合いを入れて練習に打ち込んだ。廊下で先輩と会えばとびきりの笑顔で挨拶をするようにした。
それがいつの間にか、自分に馴染んでいた。気合いを入れて練習に打ち込めばいいタイムも出たし、先輩たちばかりのリレーチームでもエースが揃う二走やアンカーを任されることが多くなった。
三年生のときに全国へ行ったときには、同級生や後輩はもちろん、卒業していった先輩まで応援に駆けつけてくれた。