「……捨てといて」
え、と声が漏れた。いつもよりも随分低い声で頼まれたのは、あまりにも残酷なものだった。
急に日向先輩の声が低くなったのは、何も雨の日でテンションが下がっているからとか、そういうことではない。その原因は私の左手の中にあると、直感で分かった。
私が左手に持ってどうすべきか悩んでいたのは、ビリッと大きく破られたことが分かる賞状の欠片だった。欠片といっても通常の賞状のほぼ半分の大きさで、見事に上半分だけ残した状態のままごみ箱の下に隠れていたのだ。
賞状の上半分には、三浦日向殿とばっちり名前が書かれていて、100mで優勝していることがはっきりと読み取れた。
「捨てといてって、……捨てられるわけないですよ」
「なんで」
「なんで……って、だって、大切なものじゃないですか」
これがどんな規模の大会の賞状なのかは分からないけれど、その紙質や厚さで、お遊び程度の大会ではないということは分かる。
そんな大会で優勝をするなんて、きっと難しいことだ。ちゃんと練習をして、努力をしてきた人の中で一番になることは、どんな分野においても難しいことだ。
随分長い間ごみ箱の下に眠っていたらしく、ざらざらと砂のついた賞状の欠片。強引に破られた断面が何故だか痛々しかった。